ブルゴーニュ魂

A.O.C

<AOCとは何か>

 AOCとはフランス語のAppellation d'Origine contrôlée(アペラシオン・ドリジーヌ・コントローレ)の略称である。日本語では原産地統制呼称法と呼ばれている。ボルドー地方のシャトー・マルゴーなどの格付ワインやシャトーペトリュス、ブルゴーニュ地方のロマネ・コンティやシャンベルタンも、そしてシャンパーニュやローヌ地方・ロワール地方・アルザス地方などの銘醸ワインはこのAOC法の適用を受けるワインである。
 AOC法は1935年に制定された。つまりは1855年ボルドー・メドック地区とソーテルヌ地区で実施されたシャトーの格付よりも新しい法律であることが、話をややこんがらせている。こんがり具合は別の機会に。

 AOC法ワインは政府機関であるINAO(Institut National des Appellations d'Origine)によって管理・運営されている。いわばINAOが監督官庁といったところだろう。ドリンキングレポートで使用するグラスもこの法律の適用を受けテイスティング用グラスである。通称INAOグラスと呼んでいる。

 Appellation = 名称・呼称・アペラシオン
 Origine = 原産地
 Contrôlée = 統制・規制・コントロールされた 


 なぜ原産地にこだわるのか。それは葡萄の特徴に由来する。ワインは土地の影響を最も受けやすい葡萄だけを原材料とした酒であり、生産地によって味を変えるためである。(日本酒は米と米麹と「水」を使って造られる。ワインは葡萄だけ。水は加えられない。)例えば、シャルドネ種はシャブリ地区、コート・ド・ニュイ地区、コルトン・シャルルマーニュ畑、モンラシェ畑、マコネ地区、新世界では味わいを劇的に変える。この違いはまことに不思議であり、そこに楽しみもある。そしてAOCの特徴をつかめれば、ワインをサービスするときに、ワインを飲むときに、事前に味の特徴を捉えやすく、豊かな食卓を確保できる。ワインは一度 コルクを抜いてしまったら、もう後戻りはできないのだから、シチュエーションや料理との相性を想像するのにAOCが大いに参考になる。

 AOC法は畑の場所を確定し、それ以外のワインと明確に区分し、各種の規制を設けると同時に品質を保護している。それはAOCワインは、畑の名前がワインの名前になっていることからも理解できる。ワイン名=畑名。ボルドーはシャトーなんたらという突っ込みは拙著ボルドーワインと男と女を参照されるか、この章のどこかで展開したい。ロマネコンティは畑の名であり、同時にワインの名であり、そして極めて例外的な扱いだが造り手(ドメーヌ)の名前でもある。ボトルに貼られるエチケット(ラベル)にAOCの文字を見つけられたら、そのワインはAOCワインであり、その名称は同時に畑の名なのである。

 そしてAOC法は、その法律の構成要件に該当すれば、そのワイン名を名乗ることができる権利を有することになっている。ハードルを越えられれば、そのハードル以下のランクで売ることができる。ハードルが超えられなければ、ハードル以上のワインとしてリリースできないのだ。
 つまり特級ワインの資格を確保できたワインは、特級で売ることもできるし、その下のランクで売ることもできる。極端な話、テーブルワインとしてリリースしてもいっこうにかまわない。AOCは畑、栽培方法、収穫量、醸造方法やアルコール度数などを規制しているが、味わいの細部については規制していないためである。醸造家の判断により、AOCの範囲以内で自由にワインの名を決めることができる。なぜそんなことをするのか。それは醸造家のこだわりだろう。自分のワインが特級にふさわしいワインなのか、ただ基準を満たしているだけのワインなのか。本当にうまいものを造ろうとすれば、味の基準が醸造家にとって大切なのだろう。ブルゴーニュでいえば、格付のランク落しであり、ボルドーで言えばセカンドワイン・サードワインの存在だ。陶芸家が自分の皿のできに納得できず、すべて破棄してしまう光景が目に浮かぶが、葡萄は年に一回しか収穫できないため、捨てるようなことはせず、自分の許容範囲のランクに落として販売している。生活がかかっているので、それはごく当たり前である。そしてそんなランク落しのワインはことのほかおいしい。本来特級で売られるものが、一級や、村名になるのだから。価格も下がり、消費者にとってはうれしい限りである。ただし、超優良醸造家のワインはそのランクの数倍の価格をつけたりするが・・・。
 
 ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ボグエはコート・ド・ニュイ地区唯一の白の特級「ミュジニー・ブラン」を造っているが、今はドメーヌの判断により特級としてではなく、数ランク下げたACブルゴーニュとしてリリースしている。これはシャンボールミュジニが赤ワインのAOCであるため、一級・村名が名乗れないための処置であろう。そしてこのミュジニブランには、INAOの根性の悪さからか最低アルコール度数が他のワインより高めに設定されていたりするため、若木や味わいの納得度とともに、そころへんが特級としてリリースしない理由かもしれない。これはあくまで想像ではあるが。

 AOC=畑を明確にして、他の畑との差別化を計りつつ、品質の向上と偽物排除を目的としている。


<AOC以外のワイン>
 ヨーロッパ各国はEC(ヨーロッパ共同体)を共同で運営し、ワイン法を制定している。加盟国は国内法を制定し、ヨーロッパ全体の統一基準を作って品質の保護に積極的に関与している。フランスを例に取ってみよう。フランスにはAOCワインを頂点として、VDQS、ヴァンドペイ(地酒)、ヴァン・ド・ターブル(フランス産)に区分され、他国とのブレンド品はヴァン・ド・ターブルとなる。葡萄の栽培地区や造り方などによってどの法律が適用されるか決定し、一部の例外を除きAOC < VDQS <Vin de pays < Vin de table (français)の順に評価が下がり、価格も下がっていく。


<AOCはそんなにえらいのか>
 食卓にサービスされたワインは、一本何万だろうが、何百円だろうが、関係無い。ワイン以外の何物でもないからだ。それはワインである。これ以上の答えは無い。
 ただワインは味わいがそれぞれ違う。ワインは食事と合わせる。相手や状況や環境を考慮すれば、ワインならなんでもいいというケースを除いて、それ相応のワインが必要になってくる。喉が乾いているのか、乾杯するのか、デートなのか、接待なのか、貧乏なのか、豪勢なのか、そして料理との相性などである。その場に合わせたワインを選ぶ材料として最も優れているのが、AOCワインである。ワインの情報が一枚のラベル(エチケット)に記載されているからである(もちろん法律上の了解事項は当然書かれていない)。星の数ほどあるワインからこの場に合うワインを探すには、実はAOCが最も簡単なのである。

 AOCは畑を限定し、その畑は栽培される葡萄品種が決められている。この品種の差による味わいと、生産された年号の情報と、造り手の個性が分かれば、グラスに開ける前にワインの特徴をつかめることになっている。場所がわかれば味のイメージがつきやすい。産地ごとに特徴があるからである。ビンテージ情報についても最近は入手しやすく、ワインコメンテーターたちの努力によって、一般消費者も簡単に情報を整理することができる。

 そしてワインの個性はその飲み方によっても影響を受ける。デカンタの有無・抜栓時間・グラスの大きさ・ワインの温度・料理との相性・ワインを飲む速度・同席する相手などさまざまな要因を加味しなければ、本来のすばらしさを100%以上に楽しむことができない。特にブルゴーニュはどれ一つ違っても決定的に味を変えたりする。

 そんな一見複雑なワインの飲み方もAOCを知っていれば、大外れすることも少ない。AOCとビンテージと生産者の個性が分かれば、抜栓前に味の全体像がつかめるからだ。特級白ワインには、それ相応のグラスが必要であり、その偉大さを相手に共有してもらう必要もある。今このワインを飲む理由がわかってもらえれば、より幸せな食卓になりそうである。せっかくの食卓を、せっかくのワインを大いに楽しむには、実はAOCが最も楽だったりする。そしてAOCの特徴を堪能したり、ランクを超えた味わいに一喜一憂したり、ゆとりのある素敵な食卓がそこにある。さらにいえば、ワインを数多く飲む理由もそこにあったりする。すべてはおいしくあるために。この目前の一杯をいかにして味わうか。このワインのおいしさをどうすれば引き出せるか、どう伝えられるか。そのプロがソムリエという職業なのだろう。

 ワインは味わい以外の重要な要素として、そのステータスにある。優雅な食事をするときに、明らかな演出も必要である。ワインはヒエラルキーが分かりやすい。AOC以外にもすばらしいワインは沢山あるが、誰の目にもそのワインの価値を共有できるのはAOCワインである。無名のすばらしいワインは、無名のすばらしいワインを飲みたいときに飲むワインとしての価値がある。説明に要する言葉も多くなりそうである。


<ブラインド・テイスティング>
 ブラインド(銘柄隠し)テイスティングして、ワインの銘柄や年号を当てるというのがある。ワインのひとつの楽しみ方である。葡萄の品種や年号などを当てる楽しいイベントである。しかし私はあまりやらない。理由は前述の通りである。ブラインドをするとき、最も楽なのは出題者である。ワインを隠せばいいだけであり、そのワインのおいしさを引き出す事をしなくていいからである。せっかくのおいしいワインはおいしく飲みたい。すべてはおいしくあるために。大切な夜をクイズ形式でごまかしてはいけないような気がする。クイズはクイズとして大いに楽しみ、素敵なワインはそのおいしさを堪能したい。要はそのシチュエーションに従えばいいのだろう。


<結論>
 AOCワインはそんなにえらいのか。ワインはどんなワインでもワインでしかない。AOCワインはそのステータスが認識されていて、その飲み方の情報がラベルに満載されているので、それを知っていれば、おいしい夜を共有できる。そしてできることなら、そのおいしさをおいしいままに伝えたいと思う今日この頃である。



以上



ドリンキングレポートへ  目次へ  HOME

Copyright (C) 2002 Yuji Nishikata All Rights Reserved.