まずい寿司屋の条件 (2000/09/09)
 

 ある9月の最初の週末。ホームページの引越し祝いに、作成者と六角橋で飯でも食おうということになった。いつもの上麻生線を新横浜方面にあてもなく歩いていると、おやっ。こんなところに寿司屋がある。隣のラーメン屋は家系ラーメンとして有名だ。相変わらず行列が出来ていたが、並んで食べるほどでもないだろう。やはり祝いの席は寿司に限る。
 ガラス戸の隙間から店内を覗いてみると、どうやら常連客が4人いるだけのようだ。時間も午後九時を過ぎていたので、まあ刺身でもつまみつつ、酒でも飲もう。この寿司屋は、10年来この街に通っているのに、ついぞ知らなかった店である。
 今までの経験からして一見の寿司屋は、大当たりか、大ハズレのどちらかだ。門構えは、期待できそうなので、ここはひとつ入ってみることにした。

 入った瞬間に、嫌な予感がした。そしてその予感が的中するまでにそんなに時間もかからなかった。こんなにまずい料理は今まで33年生きてきて初めてだったので、ちょっと紹介してみよう。

 まずは椅子。普通、寿司屋のカウンターの椅子に肘掛はついていないと思うが、ここにはちゃんとついていた。これでくるくる回れば、ママさん目当ての飲み屋にそっくりだ。テーブル席も二つあるが、インベーダーゲームに蓋をして作ったようなテーブルも、ちょっと他にはない。カラオケセットを探したがどうやら、それはなさそうだ。

 寿司屋は何と言っても「粋」が勝負だ。こざっぱりした店構えがいい。でもこの店は場末のバーにそっくりな湿っぽさが漂っている。席に座ってしまった手前、何もせずに店を出るのもどうかと思い、立ち去れずにいた。カウンター席でビールを注文すると、カウンターにお盆が置かれた。小皿がセットされたそのお盆も珍しい。しかもどうも中途半端な大きさなので、ビールの置き場にもちょっと苦労する。新橋あたりの寿司屋では笹の葉を広げてくれるか、小さいまな板にガリをつけてくれる。まあ、今回は刺身から頼んだので、それらの定番は寿司を頼んでから来るのだろう。いや、普通はお通しの小鉢だけだ。このお盆はっきり言うと邪魔だ。箸の置き場にも困るぞ。

 コップを運んだおばさんは、勢いよく、ちゃんと床に落っことしてくれた。ひとつは無事、僕の手元に届けられたが、どうもこのコップ小汚い。米のとぎ汁で洗ったまま放置したような、なんか白く濁っている。ここでグラス交換も大人気ないし、すでに缶ビールを飲んでいたので大目に見てあげることした。しかしそれは大きな間違いだった。やっぱり汚いコップには文句を言おう。コップの汚れはその後の不手際の序曲だったのだから。

 お通しはアンキモだった。アンキモって今 ?。ご主人は、これは美味いですよと丁重に勧めてくれた。その主人のネコナデ声が妙に生ぬるく、気色悪い。油が浮いているような、二週間ぐらい台所に貯蔵されていたような、ゆるい歯ごたえ。んんん。考えさせられる味だ。ここで立つべきであった。
 今までホームページの話で盛上っていた二人の会話にも暗雲が垂れ込めてきた。どうも会話も弾まない。その話題はなんか、わざとらしいぞ。作成者もアンキモには納得できていないようだ。ぎこちない会話も、とぎれとぎれになってきた。ビールもすすまない。

 しかたない。目のやり場にも困り果てたので店主の仕事振りでも見てみよう。寿司の良し悪しは職人の技だろう。見るんじゃなかった。二人前の刺身を作ってくれているようだが、手際が悪い。ひとつの食材を作り終えてから、考えることしばし。ネタケースからネタを取り出しては、やっぱりもどす。ネタも種類が少なく、よく見ると色も悪いよな。

 視線を女将さん?に移すと、なぜかビールを飲んでいた。常連客に勧められて飲むなら分かるが、なんで一人で立ち飲みしているのだろう。しかもすでに酔っている。コップ落っことすわけだ。カウンター越しに、もくもくとビールを飲まれても、客としてどう突っ込んでいいか分からない。何で金払っておばさんの酔っ払いに付き合わないといけないの。

 あああ。ついに刺身が来てしまった。料理はまず目で楽しむものだが、この目が居場所を求めて彷徨いだした。みずっぽい得体の知れない白身の刺身。1年前から干からびているような皺くちゃで水気のないタコ。丸められた貝のひも。サービスですよと言いつつ、皿の隅に後から付け加えられた貝柱。それって、ただ忘れてだけでしょう。一見さんにいきなりサービスするかな。ああ、しめ鯖食べちゃった。当たらないことを祈ろう。お皿に所狭しと盛り付けられて、それでいて汚らしい。この芸術的な盛り付けには自然と笑みがこぼれてくる。

 店主は自分の仕事に満足げだ。隣の常連さんに寿司の食べ方を指導しだした。美味いネタはすぐ食べなきゃいけないよと、お客の会話を途切れさせ、半ば強引に海老を食わせるているが、その店主の頬が赤い。夫婦そろって呑んでやがるのか。客もこの人は常連じゃないな。常連客の友人だろう。気の弱そうな彼は、肯きながらその寿司を頬張ったが、見ていて気の毒になった。とても不味そうにモグモグしている。ああ。かわいそ。

 ここは横浜。行列の出来るラーメン屋の隣。駅からも遠くない。人通りも多い。なんで? ここの刺身はまずすぎる。まずい。まずい。ああ、まずい。
 僕らは本当は寿司を食べたかったのだ。しかし・・・。残念な夜になってしまいました。
 作成者と目が合い、お互いが目の前の刺身に拒絶反応を起こしていた。寿司は諦めざるを得ない、というより寿司は勘弁してもらおう。僕らは赤ら顔の主人に会計を要求した。あっという間の会計の申し出に、主人も戸惑いだした。店主は理由を問い掛けてきたが、僕は正直にまずいからと告げた。同情はよくない。
 とたんに平身低頭になった主人からは、「ごめんね」の声。謝るくらいなら最初から暖簾なんか出すな。あああ。酔っ払って謝られても、何にも伝わってこないぞ。
 おまけに、なんでこれで4,000円なんだ。端数はどうした。消費税は内税か。ビール二本と刺身二人前・・・。普通の寿司屋なら相場かな。でもほとんど刺身に手つけてないぞ。コップ割ったのも僕らじゃないぞ。

 みのもんたの貧乏脱出計画で駄目な料理人に愛想をつかす名人の気持ちが、今手にとるようにわかる。彼らはヤラセではなく、演技でもなく、本当にあきれ返っているんだろう。この寿司屋の店主をみのさんに紹介したい気分だ。
 しかし、この寿司屋にも生活があるのだろう。この調子ならネタを仕入れてもほとんど客の口には入らず、捨てているのだろう。生活費として快く4,000円払ってあげよう。
 腹がどんなに減ってても、おそらく100人が100人、そろって餓死を選ぶ味に敬意。

 仕切りなおしにラーメン屋で餃子やら野菜炒めやらをたらふく食べた。近頃はラーメン屋でメンマやキムチなどを肴にビールというのが気に入っている。行列系の有名店ではこんな邪道な注文はヒンシュク買いそうだが、近所系の店では結構お奨めできる。美味いラーメン屋はサイドメニューも一目置けるからだ。しかもこんなに満足できて、あの寿司屋よりも安いのは、なんでやろ。

 食の道は奥が深い。

以上 (ん。この話、オチがないぞ)

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