火事について (2001/01/22) |
今夜仕事帰りのコンビニでビールを買い求めていると、道路の向かい側の薬局から火の手が上がった。裏手側の玄関から出火した模様で、道に居た通行人もコンビニの店員に消防車の手配をしてくれと駆け込んできた。コンビニ店内の電話からは119が通じないため、アルバイトの店員が自分の携帯で父親に救急車の手配を急がせた。隣のケーキ屋の店員も外に飛び出し、薬局の知り合いらしきご婦人が燃え盛る玄関で中の住人に声をかけていた。火の勢いがありすぎてご婦人は中に入れない。数秒ごとに小さな爆発音があり、コンビニの店員と目を合わせては、僕らは為す術もなくただ立ちつくすだけだった。みるみるうちに人だかりができた。遠くから消防車のサイレンも鳴り響く。火の勢いはすさまじく、あっという間に二階建ての建物全体を火の海に包み込んだ。シャッターを下ろしていた店の裏手からご主人らしき人が助けられたが、立つ余力はなく、そのまま地面に倒れこんだ。何とか無事のようではあるが、衣服は乱れ、手は煤で真っ黒であった。 救急車に男性が収容され、消防員が慌しく駆け寄り、道路が封鎖された。消火が始まると一斉に黒い煙が立ち昇り、町全体を暗黒に覆い尽くした。窓がなく消火活動も思うように捗らないようだ。そのうちにシャッターも燃え始め、シャッターの隙間から見える火の手の勢いに、野次馬一同固唾を飲んだ。 懸命の消火活動のおかげでようやく火も沈静化し始めた。近所の中年夫婦もようやく現場に駆けつけたようで、息を切らしている。薬局の家族構成についてそば耳を立ててみた。ご夫婦で薬局を経営し、一人息子もいるという。「大丈夫かね。これから大変だね」という他人行儀の感想が耳についた。横を見れば下衆な笑い声をあげている夫婦もいて、こんな時に極めて不謹慎であるが、なんだか話題が楽しいようで、馬鹿笑いが止まらない。ようやく周囲の視線に気がついたらしく馬鹿笑い夫婦は、何もなかったかのように済まし顔を決め込んでいた。どこからやってきたのか子供が二人で仲良く消火活動を眺めている。女の子二人の会話は残酷であった。「まだ消火されていないよ。あそこがまだ燃えている。誰か死んだかな」冷静に物事を判断し、見たまま思ったままをダイレクトに言葉にしていた。 薬局の隣は駐車場を挟んでチェーン店の焼肉屋がある。数名が食事をしている。店員が何か飲み物を運んできた。別に火事を見るでもなく、薬局を背中にして振り向く気配すらなかった。 消防団員がチェーンソーでシャッターを切り外し、店舗の火も消えた。黒い煙も沈静化し、人々は三々五々に散っていった。ケーキ屋ではケーキを注文するお客の列ができ、コンビニのレジにも人が立っていた。ものの30分の出来事であった。何もなかったかのようにあっという間に普段の生活に戻る様は、厳冬の埼玉県某所をより一層寒々しくしていた。この街では薬局が全焼したくらいでは人々の生活は変らないのだ。一瞬にして全財産を失った家族と、無料のイベントを楽しんだかのような野次馬たち。当事者とそうでないものの立場の差はあまりにも残酷だ。 薬局の方の気持ちは、自分の家が燃えてしまうまで決して分からないのだろう。寂しいやら、そんな気持ちは感じたくないやらで、寒さが身に沁みる。僕はコートの襟を立て、コンビニ袋が手に食い込む痛さを我慢しながら、100M先の我が家に家路を急いだ。 阪神大震災から6年と1日経った日の埼玉での出来事だった。 おしまい Copyright (C) 2001 Yuji Nishikata All Rights Reserved.
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