満ち足りない昼 (2001/02/14)
 

 「今の生活に足りないものはなんですか」
 街頭インタビューでマイクを向けられれば、僕は昼時の食堂の少なさを挙げるだろう。大学を出てちょうど10年になる。その間いろいろな場所で仕事をしてきたが、ここほど食堂に恵まれていないところも珍しい。駅前にもかかわらず近くには居酒屋と喫茶店しかない。駅には会社更生法申請歴のある京風弁当屋があるが、値段の割に量が少ない。飯田橋駅のそれよりも20円も高い立ち食い蕎麦屋はコップが不衛生で、しかもおいしくない。
 駅前の居酒屋は定食類は充実しているが、焼き魚とタバコの煙がむんむんと立ち込め、居心地の悪さと店員のまるでなってない作法のため、暖簾をくぐることすら嫌悪感を覚える。裏手の喫茶店にも昼のセットメニューがあるが、もう飽きてしまった。愛想のない店主も新作メニューに毎日挑戦していたが、ことごとく失敗しているようで、定番メニューはあまり変り映えしない。日経新聞を置いていたので、新聞代を節約する意味でも通ってはいたが、私以外は誰も読まなかったため購買を止められた。つくづく食べるところがない。必然的にコンビニ弁当しか選択の余地がない。コンビニ弁当は大学時代、アルバイト先の某高島町周辺で毎日のように食べたものだが、まさかこの歳になってもお世話になるとは思ってもいなかった。ちっとも進歩してないぞ。余談ながら某大手コンビニのその帷子川沿いのお店は閉店していた。時は流れていた。

 でコンビニ弁当であるが、これも既に限界に近いほど食べ飽きている。新作弁当も全部食べてしまった。野菜の少ないメニューと揚げ物など茶色の多い濃い味付けには、ほとほと飽きているが、消去法で行くとコンビニ弁当が最後に残るので致し方ないところである。
 そこで昼は味覚を追求するより、満腹感を味わえればそれでいいことにした。調理パンやおにぎりで空腹を満たして野菜ジュースで栄養補給。不足がちな栄養素は週末のブルゴーニュワインに含まれていると信じて、ここはひとつ、腹いっぱいになれば、いいやである。

 コンビニのおにぎりは常に新しい味を求めて、いろんな具が入っては消えていく。マーケティングリサーチされた味わいが、常に消費者のニーズを探している。研究された味わいは、確かにおいしい。そして常にコンビニの棚に配置されていて品切れになることも少ない。コンビニおにぎりは情報化されたおにぎりなのである。
 ところで、おにぎりは海苔のパリパリ度によって二種類に分別できる。パリパリ版はおにぎりの中央にメインの具を配置し、鮭・タラコ・昆布・梅干などの定番とマヨネーズで味付けした練り物系の具が巻きたての海苔とともに食される。かたやしっとり系は混ぜ御飯に具が添えられている。しっとりした海苔もいい味だ。最近のお奨めはなんといってもマイタケである。醤油系の炊き込み御飯におおきなマイタケ。これは久しぶりのヒット商品だ。また巻寿司系も見逃せない存在であり、サラダ巻は栄養が取れそうな気もしてくる。お稲荷さんは手掴かみすると油っこいので、ちょっと苦手である。

 コンビニのおにぎりは確かにおいしい。しかし、である。いつも同じ味がする。同じ大きさ。同じ形。いつも具が同じ場所にあり、中に埋まっているのではなく窪みに置かれているだけ。塩加減もどこを齧っても一緒。昔少年野球の遠征先で食べたおにぎりは、個性があった。母が作るおにぎりと友の母が作るおにぎりは、味付けも大きさもまちまちであったが、なんか無茶苦茶うまかった。部活帰りに急いで作って貰ったおにぎりもうまかった。作ってもらっててなんだが、味そのものはコンビニのほうがおいしいかもしれない。しかし母の素朴で少しだけいびつなおにぎりが、今となっても思い出される。家のおにぎりは母の体調や気分によっても味を変えた。妙にしょっぱかったり、味がなかったり、中に何の具が入っているかも楽しみだった。沢庵だと少しがっかりした。ろくに感謝もせずに、ただ頬ばったおにぎりが懐かしい。自分で作るとただの丸い御飯の塊だった。

 毎日同じ形の同じ塩加減のおにぎりを食べていて、ふとコンビニでは出せない味付けが恋しくなった。ちょいとマザコン気味だが、機械で作られたものではなく、人の温もりを感じるおにぎりが食べたい。ただ空腹を満たすだけの食事に限界を感じざるを得ない。ああ。うまい飯が食いたい。近場にはないが、家庭の味を低価格で提供するチェーン店が都内で繁盛しているという。なるほど。みんな機械的な味に飽きているのだ。そういえば神楽坂にもその店舗はあるという。今から行ってみようかな。ああ。ここまで書いてて落ちがない。落ちが見当たらない。しょうがない。落ちはその御飯を食べてから考えることにしよう。

 おしまい

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