MoMAの魅力 その2 (2002/01/09)

 
 東京・上野の森美術館で開催中のMoMA(The Museum of Modern Art)ニューヨーク近代美術館名作展での感想を前回のコラムで触れたが、今回は続編です。アンリ・ルソーの「夢」について触れておきたい。
 会場に入ってすぐの一番目立つ場所に、この絵はある。絵はかなりの大きさで、ジャングルの中で全裸の女性がソファーに横たわり、鬱蒼と生い茂る密林の中にはトラや象がこちらを見ていて、原住民と思しき青年も立っているという構図を持つ。テレビ等でもよく取り上げられ、パリのオルセーにもあったような気がしたが、思わぬ出会いに感激である。この絵については売店で絵葉書も売っていたが、実物の色が全く反映されていないため、買うのをやめてしまった。したがってこの文章は目の裏に焼け付けたはずの記憶をもとに書いている。

 この絵は何がすごいか。二つある。一つ目は最前列の草である。意図的に書かれたような平面的な草木が印象的なのである。この最前列の葉に注目し、それから視線をトラや青年、樹木、密林に咲く花、空へと移していくと、怖いほどの奥行きを表わしてくるのだ。自分の身体にあたっているかのように平面的な葉っぱの向こう側には、奥深いジャングルがある。なぜだかそのジャングルに全裸の女性がソファに横たわり、その女性に全く興味を示さない地元青年のそれぞれの目が、何やら意味深い。さらに二頭のトラの愛くるしい目と、樹の陰に隠れながらこちらを見ている象の目。空には鳥の目もある。奥深いジャングルの中にいろいろな目がある。一つ一つの目は平面的なタッチではあるが、前面の草木越しに見ると、立体的で、それぞれにメッセージが秘められているような表情になるから不思議である。

 二つ目は右上に現われた月である。この月の魔力はすばらしい。月夜に照らされ、ジャングルが浮かび上がって見える効果。その要因はこの月にある。この月は時刻を伝えると共に、密林の「音」を呼び覚ます。この月を見ていると、音が聞こえてくる。哀しい鳥の鳴き声や、トラが動いたために樹木が擦れる音、自然界の音が聞こえてくる。中央に立つ青年は息をしていないのではないだろうか。息遣いが聞こえない。全裸の女性の心臓の鼓動とは対称的である。月夜は空想をかき立て、薄暗いジャングルを一層奥深いものにしている。道に迷い、密林をさ迷ったあげくようやく辿り着いて広場のような空間。なぜそこに全裸の女性がいるのか。絵を見ているとその謎に迫りたくなる。

 時間があれば、もっとこの絵の音を聞いていたい。しかし、時間は限られていた。残念だが、この場は立ち去ろう。しかし、もう一度必ず会いたいと思う名画である。ちなみに前述の某女史は、音は聞こえず「活字」が浮かんでくるという感想を漏らした。この絵でもお互いの感性が違う方向を向いているから不思議である。


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