ミントの秘密解明に思う (2002/02/13)

 
 昨日の毎日新聞・朝刊特別版という休刊日なのに妙に充実した紙面を眺めていると、四コマ漫画があるはずの場所近くに、「ミントの秘密解明へ」と題する記事が載っていた。記事によれば、脳が冷たさを感じる仕組みは今まで解明されていなかったらしく、ミントを食べるとなぜ、スーと冷たさを感じるのかは原因不明だったという。カリフォルニア大の研究グループが「ミント味」を感じるたんぱく質と「冷たさ」を感じるたんぱく質が共通していることを突きとめたため、ミントのなぞの解明も近いという記事だった。ミントの成分であるメントールが脳を刺激して、冷たさと錯覚するためらしいが、細かいところまではこの記事からはわからなかった。神経細胞がどうしたこうした。おそらく詳細論文がイギリス科学雑誌「ネイチャー」に掲載されてもチンプンカンプンだけど・・・。

 この記事で感じたことは、この発見がワインのおいしさに影響を及ぼさないでほしい、ということだ。ワインの旨み成分を違う物質で代用し、脳を撹乱させれば、偉大なワインが化学調味量で再現されかねない。そんな寂しい話があっていいのか。イチゴ味のキャンディや洋ナシ風味のキャラメルの横に、ロマネ・コンティ味のキャンディが陳列される日が近づいたら、私は悲しい。この粉末をミネラルウォーターに混ぜるだけで、シャンベルタンと同じ味が再現されたら、私は悲しい。「今夜はモンラッシェ味にする、それともシャブリ風味にする、それてもお風呂を先にする」などと、お手伝いに来てくれた隣のお姉さんに言われたら、私は悲しい。「お風呂先にするなら一緒に入っちゃおっかな」などと言われたら、私は、これはちょっとうれしい。

 とにかく偉大なグランクリュのおいしさが、科学によって解明され、商品化されてしまえば、ブルゴーニュはその存在価値を失いかねない。葡萄品種は同じなのに畑や年号、造り手によって大きく品質を変え、飲み手の力量や飲み方、合わせる料理や温度によって大きく味わいを変えるブルゴーニュの官能の世界を、粉末にされたらおしまいだ。それはもう官能ではない。たとえそれが、ロマネ・コンティと全く同じ味わいを達成したとしても、それはすでにロマネ・コンティではない。それは許せない行為だ。

 「こちらは1978年のロマネ・コンティの粉末でございます。水に溶かすだけであの今世紀最大級の味がお茶の間に。今ならひと袋1000円でいかがですか。こちらの1985年味は今日だけ880円でご奉仕。チェルノブイリ原発事故の影響が心配された1986年ものは、死の灰を完全除去済みです。ご希望によって逆に死の灰を多めに配合できますよ。激カラから微量まで。何なりとお申し付けください。ご主人にいかがですか。まだ市場に出ていない2001年ヌーボーは900円、2010年の予想バージョンは400円でどうでしょう。それぞれのビンテージごとに粉末タイプとカプセルタイプがございます。3個以上お買い上げの方にもれなく、ラターシュ・ハーフサイズ粉末をプレゼント」などとスーパーでやられたら、悲しすぎる。とりあえず各ビンテージごと1袋ずつ買ってしまいそうで、さらに悲しかったりする。

 ワインは自然の恵み。人間の手が入らないほどに偉大であり、ワインの格付けは畑にされている。ワインは土の唄。DNAが解明されて、ワインの旨み成分が解明されても、人間が踏み込んでは行けない世界がある。人間のクローンが禁止されているように、ワインの復元も禁止してほしい。あのブルゴーニュの途方もないおいしさは、化学の力で再現してほしくない。ブルゴーニュは1990年のような偉大な年もあれば、1994年のような残念な年もある。自然の恵みなんだからしようがない。ひとつの畑からいろんなワインが展開される。これがワインの醍醐味だ。

 味覚や温度を司る神経細胞の研究もほどほどにして、ほしかったりする。しかし、某雑誌で、某氏によってかっぱえびせんローストガーリック風味にスナック・オブ・ザ・イヤーの称号が与えられて以来、我が家周辺のコンビニに、それがなくなってしまっている。かっぱえびせんくらいなら、許せるかなと思うので最新の化学技術で大量生産してもらえたら、少しうれしかったりする。


おしまい


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