新マイブーム到来の予感 (2002/09/15)

 
 その店は国道1号線を厚木方面に曲がり、国道129号線を走ること10数秒、日産車体の正面玄関の手前に位置している。以前ココにはラーメン屋があったと言うが、地元を気取る私の記憶はおぼろげだ。ことしの六月から開店していると言うが、神奈川県を南北に貫くこの大動脈は、常に高速走行が義務付けられており(?)、ついぞ気にも止めぬままフェラーリ(号)のステアリングを握り締めていたので、その存在にまったく気がつくことは無かった。この店の名は、入り口にかかる暖簾に書いてあるのだが、見渡す限りこの暖簾にしか書いていない。

 店の名を「さぬき家」という。ご主人がひとり、その広すぎる厨房にぽつんと立っていたりする。この店、平たく言うと駅の立ち食いそばの郊外版讃岐うどんといった感じで、軒先にはセルフの文字がある。「今からうどん茹でるから10分以上かかるけど、いいかな」と人のよさそうな声で語り掛けてくるご主人に、「いいですよ」と一声かけて、客自らコップに水を入れる。新聞・雑誌類も充実し、テレビからはNHKの子供番組も放送されていたりする。

 最近は讃岐うどんブームという。実は、私は讃岐を知らない。うどんといえば、稲庭と瞬時に答える習慣は、秋田に住んでいた証だろう。しかし讃岐うどんも雑誌やテレビでも紹介されることも多く、実は一泊二日で香川に行きたくてウズウズしていたところだった。そこへいつも車で走り抜ける場所にこうこうと明かりがついていたのだ。これは行くしかないだろう。讃岐うどんの安さは私でも知るところであり、まずくてもいいや程度の気楽な思いで店の暖簾をくぐったのだった。

 メニューはうどんだけ。かけ、もり、ぶっかけ、しょうゆぶっかけなど、その盛り付け方法が続くのみだ。それでもうどんだけでは腹持ちも悪いのか、サイドメニュには、おにぎりと稲荷寿司とタマゴがあり、少し離れたところにうどんの上に載せるためのかき揚がいくつかお皿に乗っていたりする。タマゴ以外どれも100円。タマゴは50円。

 うどん、ひとたま200円、ふたたま400円。安い。いや、安すぎる。都内の駅の立ち食いそばですら220円以上はする。この「さぬき家」には、しっかり椅子もついていて、椅子に座りながらなんで200円なのか、不思議な価値観が右脳から左脳にかけて駆け巡ってる。ご主人に量を尋ねると、男性なら一杯では物足りないくらいかな、女性ならちょうどいいかも、との返事。それでは1杯目はあたたかいうどんを、2杯目はぶっかけで頂くことにした。うどんを茹で始めるご主人と少しの会話。ダイクマ通りに同名の讃岐うどんがあり、間違い電話がしょっちゅうかかってくること。本場讃岐のうどん情報のこと。三ヶ月もやっているのに客足がさっぱり伸びないこと、うどんをあらかじめ茹でてしまうと、15分で伸びてしまうので、作り置きができないことなど、10数分という短くも長い待ち時間に会話も弾んだりする。そう客は私と風来の友の二人だけ。この何気ない会話も好きな瞬間だ。

 まずは1杯目のうどんができた。薄味のお出汁に、もっちりとしたうどん。薬味に生姜が刻まれて、ググッと食べる。うまい。関東にはない、このお出汁の味わいが関西以西を彷彿とさせ、もっちりとした食感が、まさにうどんを食べている満足感だ。関東の生活に慣れるとこのうす味は、物足りなさを感じるかもしれないが、身体は関東にどっぷりつかりながらも、心の数パーセントを関西と九州に置いてきている者として、この味わいはすばらしい。本当にうまい。これで200円だ。駅の立ち食いそばを、遥か彼方に見下ろす実力の違いが、熱いお汁に助長されるのだ。ふう。熱い。

 二杯目はぶっかけで。お。このタレは甘辛だ。お。うどんの甘味がずいずいやってくる。このぶりぶりっとした歯ごたえ。ゆっくり噛めば、ふわりとした弾力があり、切れそうで切れない腰の強さも驚きだ。うどんが喉を通りすぎる感覚もまたベター。稲庭とはうどんという同じ名称を持ちながら、まったく違う分化を感じる。これが200円なのだ。多目に振った胡麻との相性もばっちしで、思わずうまいを連発だ。

 ごちそうさまでした。ココでようやくセルフの意味に気がつく。食べ終わったどんぶりと割り箸を奥の下げ口に客自らが持っていくのだ。そんなのお安いご用ですよ。布巾貸してもらえれば、テーブルも拭きますよ。遅れた入ってきた団体客のためにタイマー片手に、うどんの茹で具合を確認するご主人に軽く会釈しながら店を出た。今までの暑さが嘘のような、本当に肌寒い風が半そでのポロシャツの袖を揺らしている。寒。でもうどんのおかげで、身も心もあったか。2杯で400円。消費税無(含?)。

 国道129号線は国道1号線にぶつかる手前から中央分離帯があり、海岸方向に向っている場合は、この店には入りにくい。逆に厚木方向に向っている場合は、信号があまり無いので、高速走行になりがちで、店を発見してからブレーキを踏んだのでは後ろの車に衝突される。国道1号線を曲がったら、ゆっくりゆっくり左車線を走れば、きっとこの讃岐うどんの味わいに辿り着けるだろう。店の横には駐車場もあるので、某所でワインを買った後に、お茶するつもりで、ふいと覗いて欲しいお店である。

 営業時間は昼の部と夜の部があり、メモッてくるのを忘れてた。まあ、近いからまたイコっと。


 おしまい


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