ビール好きの異邦人 (2003/02/18)

 
 アルベール・カミュ Albert Camus の異邦人(原題L'étranger)を読んでいる。もちろんフランス語の原書の方だ。この本、フランス語の先生に薦められ、またパリ在住の某氏のたっての勧めもあり、パリ某所で3ユーロ購入し、いよいよ挑戦にいたっている。購入から読書開始まで、妙に時間も流れたが、細かいことにこだわらず、ついに読み始めた事実を尊重したかったりする。この本は、文法用語で言うところの半過去、複合過去のオンパレードで、括弧書きで綴られる日常会話も多く、フランス語の勉強にはもってこいとのフレコミだった。なるほど単語や文法も比較的簡単で、今のところ第一部の第一章まで読み進められた。189ページある本の31ページまでなので、たいしたことはないが、辞書片手に読む作業は、意外に時間もかかるものだと言い訳も忘れなかったりする。

 ここまで読んで、ふと思ったことがある。物語は養老院に預けていた母の死を知り、お葬式に参列するところまで。主人公のムルソーさんが葬儀を明日に控えた通夜にて、養老院の関係者と会話をするシーンが続く。登場人物たちは、コーヒーをよく飲んでいた。そしてビールも。日本でもお通夜のときは、ビールや日本酒などを飲んで、生前の故人を偲ぶものだが、フランスではコーヒーとビールなのかと思いながら読んでいると、どうも話が進まない。ビールを閉めたり、という表現が納得できないまま読み進めても、なんのこっちゃだった。例えば、母との最後の別れの前に、なぜビールの栓を締めるのか。葬儀屋さんにビールを閉めるように頼んだという表現は、何のことだろうと思っていた。ひとつぐらい文章が理解できなくても、そのまま読み進めよといわれるが、いよいよ混乱してきた。

 意味が分からず、禁断の日本語版異邦人(窪田啓作訳 新潮文庫)を読み進める。
 すると、私の誤訳があっけなく発見された。

 la bière = ビールという意味のほかに、棺という意味もあった。

 ビールではなく、棺。なるほど、棺を閉める前に、母との最後の別れを偲ぶ。または葬儀屋さんが棺に釘を打つ。ビールと訳していたのでは、永久にたどり着けなかった話の筋が見えてきた。しかし、どうしてビールと棺おけが同じ単語なんだと憤ったりするものの、la bièreに二つの意味があることを私は一生忘れないだろう。これも何かの縁だ。こうやってひとつずつフランス語を覚えていくぞ。決意を新たに、フランス語の勉強は続くのだ。

 勉強をひとしきり終え、生ビールをグビグビ飲み干すとき、そこに棺おけを想像する自分がいるにちがいない。


おしまい

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