おいしい水 (2003/04/03)

 
 夢を見た。井戸の物語だった。
 
 昔、男が一人やってきて、大きな川の河口近くに、井戸を掘った。地元の人たちは、「川の水に恵まれているのに、わざわざあんなに大汗かいて、何やってるんだかね」と不思議なこの男の行動を見るでもなく、近寄るでもなく眺めていた。そのうちに井戸は完成し、どやどやと水が溢れ出てきてた。しかし、誰もその水を飲もうとはしなかった。誰も水には困っていなかったからだ。そんなある日。台風一過のある日。川の水が濁り、蕎麦屋の主が水に困って、ついにその井戸の水を使うことにした。ん。うまい。その日以来蕎麦屋は水を井戸水に変えた。しばらくするとその蕎麦屋の評判があがり、そして井戸水の評判も大いに上がった。井戸はおいしい水を求める人たちでごった返すようになった。その井戸の周りはいつも誰かしらが水を汲んでいて、ふと気がつくと人だかりの山ができるほどだった。人々は集まった。ここでしか味わえない貴重な水を飲みながら、人々は語らい、そして大いにその水を飲んだ。みんな一様に幸せそうだった。近くを流れる川の水には、誰も見向きもしなかった。おいしい井戸の水を飲んで、みんな幸せそうだった。そしてみんな笑っていた。

 ある日のこと、この井戸からとっておきの水が大量に溢れてきた。人々は歓喜し、井戸の周りは一層にぎやかになっていった。人々は我こそはと、連日連夜、井戸に訪れた。みんな大いに幸せだった。しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。井戸の水量が極端に減ってきたのだ。井戸に水がなくなると、そのうち井戸を訪れる人影もまばらになり、井戸はいつも閑散とするようになった。いつのまにやら井戸は埃をかぶり、今ではひっそりと静まり返っている。まるでそこに井戸なんかなかったかのように。今では、地元の人々は、昔のように川の水を飲んでいる。

 そんな夢だった。


おしまい

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