ドメーヌ訪問記 番外編 紅茶飲み放題 (2003/05/15)

 
 先月、フランスに滞在していたときのこと。フランスに行くときは決まってブルゴーニュ地方のジュブレ・シャンベルタン村の某所にお世話になっていて、今回もご多分に漏れず、我が家のごとく部屋を使用していた。一階にある食堂には冷蔵庫があり、いつもその内部に勝手に自分の陣地を作り、ビールやチーズなどを保管させてもらっている。大変ありがたいことであり、滞在中の冷蔵庫内の居候にこの場を借りて感謝する次第だ。ところで、食堂には、コーヒーメーカーと紅茶セットも常備していて、心優しいマダムからいつでも自由に飲んでいいと言ってもらい、異国での食生活は大いに向上するのであった。毎日毎晩、コーヒーにしたり、紅茶にしたり、レモン風味の紅茶にしたり、ココアにしたりと、かなりの充実ぶりなのだ。砂糖も使っていいらしいが、ダイエット優先の哲学が邪魔をして一度も使ったことはなかったりする。

 そんなある日、マダムが勢いよく階段を駆け上がり、私の部屋をノックした。さてと、洗濯でもするかと脱ぎかかっていた服を着なおし、ドアを開けるとマダムが興奮している。普段はおしとやかなマダムが、唾を飛ばしながら私に迫ってくるではないか。早口で捲くし立てられて、一瞬何を言われているのか分からなかったが、「今朝、紅茶飲んだか」と言っているようだった。やばい。一瞬背筋に緊張感が走る。自由に飲んでもいいよと言われたのをいいことに、ガンガン飲みすぎたのがいけなかったのか。ちょっと好意に甘えすぎたかと後悔の念も同時に走る。小心者で性根が曲がっている私は、一瞬躊躇し、今朝はコーヒーしか飲んでないよとごまかそうとしたが、「紅茶飲んだでしょ」と勢いよく迫られると、ハイと正直に答えるより他選択肢はなかった。

 紅茶の飲み過ぎを謝ろうとすると、マダムは一回唾を飲み込んで、私に再び問いかけてきた。

 「おなか痛くないか」「どこか調子の悪いところはないか」

 ん。飲みすぎを素直に謝ろうとしていたのに、意外な質問に答えを躊躇するも、別にないよと返答。下げかけていた頭を、さもフランス語が聞き取れないので耳を向けましたかのようなへんちくりんな体勢にしつつ、よくよく事情を聴いてみると、ポットの水を週末から代えていなくて、水が痛んでいる可能性があったとのこと。「そういえば、青っぽい色の水でした。」と素直に答えると、一瞬マダムの顔が引きつる。今から病院いくよといわれて、いやいや水は新しいのを入れ替えて、沸かしなおしたから大丈夫と答えると、マダムの顔が一気に崩れ、ほっと一安心。

 「それを先に行ってよ」、と言われつつ、笑顔の戻ったマダムは安心して去って行ったのだった。

 なんだ今の騒動は、と思いつつ再び一人になった私は、フランス語をもっと磨かないとこの村では生きていけないぞと思いつつ、これからはコーヒーの割合を多くしようかなと思ったりする。紅茶はティーパックなので、ゴミ箱に証拠が残るんだなあと見当違いな感想を漏らしつつ、フランスの日常生活は何もなかったかのように平静を取り戻すのだった。ところで勢いよく書いた割りにあまり面白くないぞ。とにもかくにもフランスでのある日の平和な出来事だったりした。

補足 翌日。こともあろうか、コーヒーメーカーが新しくなり、使い勝手を知ることなく、ココアを飲む毎日が帰国の日まで続いた。

おしまい
 


目次へ    HOME

Copyright (C) 2003 Yuji Nishikata All Rights Reserved.