龍と虎と鳳と (2003/07/09)

 
 某日、都内某所の電気屋さんの二階というか床屋さんの隣というか、謎の某店で中華を楽しんだ。ここは、一説には日本で最も予約が取れないという評判が立つ名店のようで、なぜ私が行けたのか全く持って不思議ではあるが、一夜明けた今でも、私は中華史上最大級の感動に包まれているのだった。

 名声を意識すると少しばかり違和感のある店内は4テーブルしかなく、本当にこじんまりとしたお店だった。今回は10品コースを注文したが、そこには麻婆豆腐、エビチリなどの馴染み深い中華の定番メニュは一切なく、シェフ独自の中華ワールドが展開されていた。
ここの味わいを一言でなら「うまい」としか言えず、二言以上で表現するなら「えっ。これが中華? 和の道にも通ずるお出汁の心。あ。でも基本は中華だ」と言えなくもない。繊細さを基調とし、本場中国から取り寄せた山椒などで小気味よいアクセントを持たせつつ、それぞれの食材を絶妙に融和させ、それでいてしっかりとあぶらを意識させるが、決してくどいことはなく、上品な中華の極意に接する思いである。夏の清涼感を中華で味わう醍醐味に、感動の嵐は吹きすさぶ・・・。

 決して高い素材を使っているわけでもなさそうで、高級中華のカテゴリーには入らないであろうが、食材のうまみの引き出し方がすばらしく、食に対する勢いを感じるのだった。このうまみのバランスは、例えは何ともブルゴーニュ魂的で恐縮だが、アンモナイトが化石化する過程で、アンモナイトの組織と土の組織がその外観を保ちながら融合または交換されたようなニュアンスなのだ。ひとつの食材と、それに絡める調味料の融合がここにある。ひとつのお皿に対する食材の数は少なく、テーマがしっかりとお皿に現れる。一仕事加えられた入魂の一皿に、そういえば江戸前のお寿司の極意を思い出したりもする。

 ここはスローペースである。定番中華の大皿を取り分けつつ、ワイワイガヤガヤ楽しむのではなく、一品入魂のごとく、おいしい料理を食べながら、食の話題が盛り上がる。ただ空腹感を満たすのではなく、ブルゴーニュワインの古酒とあわせながら、食べることの楽しみや喜びを共有する食空間なのである。次は何が出でてくるのか、楽しみにしつつ会話は盛り上がるのだった。

 ここのカードを頂戴すると、アルファベットで書かれた店名の下にSalon de Théの言葉が続く。そうなのだ。ここの中国茶もまた、今までの偏った知識を覆すほどのパワーに満ちているのだ。ガラスの器にお茶ッ葉ごと注がれる中国茶。その味わいは、ブルゴーニュのテロワールに通じ、場所の名を冠にする高級茶の存在を確認し、それにまつわるエピソードなどを聞きながら楽しむお茶もまた格別なのである。おいしいお茶は、お茶っこ魂に火をつけてしまったかもしれない。

 いずれにしてもこの衝撃は今後の食生活に大いなる刺激を与えてくれたことは間違いがなく、季節ごとに食したいと思いつつ、予約が取れないジレンマに陥るこの頃なのであった。しかし予約のために何ヶ月でも待つ価値は確実にある。ここでもう一度ご飯を食べることを楽しみにして過ごす数ヶ月というのは、幸せな歳月なのだから。


おしまい


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