西湘バイパスにて(2003/10/20)

 
 ある小春日和の西湘バイパスにて。

 左手に穏やかな相模湾を臨みながら、愛車フェラーリ(号)の窓を全開にして高速走行を楽しんでいると、ふいにフロントガラスの内側にボツという音を立てて何かが当たってきた。外側ではなく、内側に、だ。それは・・・・

 一匹の蜂だった。

 ゲゲゲである。蜂が車内に入り込んでしまった。ちょっとしたパニックがそう広くないフェラーリ(号)を襲ってくる。やばい。お尻を振り振りしつつダッシュボードを歩いている。身の危険を感じる。蜂が攻めてきて、避けた手でハンドルを切りそこなうものなら、壁に激突するだろう。かといって刺されるままに直進も出来ない。どうしよう。蜂は運転手の気持ちなどお構いなく、フロントガラスを登り始めた。蜂と高速走行中に遭遇して何をすべきか。私は動揺する頭で物事を整理しようとした。まずは、車を止めなければなるまい。しかし、ここは自動車専用道路で時速70キロは出ている。すぐには止まらないし、都合が悪いことに片側一車線は工事をしていて、道幅も狭く、緊急路側帯はずっと先にあるように思われた。ここに、止める場所はなかった。しかも後ろから車が勢いよく迫ってきている。ここで急ブレーキはかけられそうにない。速度は落としつつも、とめられない現実が恐怖を煽ってくる。車内を見回しても、蜂を払いのける棒やら布は助手席にはなく、ダッシュボードにおいてあるティッシュペーパーで何とか覆いかぶせられないかと思ったりする。しかしこれまた運が悪いことに、コンビニで買ったばかりの箱ティッシュは封を開けておらず、使い物にならなかった。

 フロントガラスを相変わらず歩き回る蜂を見つめながら、ようやく工事区間が終わり、車線はふたつに増えた。海に張り出すように設置された緊急路側帯に車を寄せられれば、何とかなるかもしれない。そう思った瞬間、遠くに見えた路側帯にすでに先客というか一台止まっているのが見えた。なんてこったい。もうひとつ先まで我慢が続く・・・。止まるはずだった路側帯ではハザードをともしながら、若き男女が愛を確かめ合っていて私をかなり苛つかせた。彼らの愛が深まるとき、私は蜂に刺され、車は衝突、炎上・・・。イカンイカン。よからぬ思いが駆け巡り、相当長い時間が車内に滞留していたような錯覚に陥った。西湘バイパスにはなぜに緊急路側帯があちこちにないのだろうと思いつつ、ようやく到着したひとつに車を止めた。手には汗がびっしょりだった。

 ふうである。結局蜂は運転手の存在には気がつかなかったようで、私は見事に車が脱出した。海側のドアを全開にして、ティッシュの箱で蜂をつつく。ん。ちょっと変かも・・・。蜂に元気がなく、なんだか頼りなさげなのだ。追い払うはずだったティッシュ箱につかまるようにして車外に出すと、コンクリートの壁の天辺でうずくまってしまった。フロントガラスに当たった衝撃で、蜂の身も危険にさらされているのかもしれない。一瞬たりとも運命を共有したものとして、蜂の元気のなさも気にかかるが、蜂を介抱する手立てもないので、そのままにして車を走らせた。

 車を走らせながら、ふと思った。あれがカラスや鳩だったら、確実にパニックるだろう。かなり怖い。ちょっと高速道路で窓を開けられない症候群になりそうだ。そして、あの蜂は元気に飛びたてたのだろうか。それとも海風にあおられて・・・。そして志賀直哉の小説の一説を思い起こしながら、ふと寂しさも込み上げてくる西湘バイパスの午後の風景だった。


おしまい


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