ロマネ・コンティ事件 (2004/07/22)

 
 事件は、今年6月下旬のジュブレ・シャンベルタン村で起こった。某女史が泊まっていた宿のマダムからチェックアウトの時にひとつの相談が持ちかけられたのだ。なんでも、マダムの息子の友人が、交通事故を起こし、至急ある程度まとまった現金が必要だという。事故に同情しつつも、その資金調達の方法について、私にその相談が持ちかけられたのだ。

 それは、「ロマネ・コンティ」を買わないか、というものだった。フランスでは貯金代わりに高級ワインを貯蔵していて、何かの時にそれを役立てるという話を聞いたこともあったが、その何かが交通事故の弁済費用(または修理費または慰謝料?)だとは思いもよらず、しかもワインは世界最高評価のロマネ・コンティ。価格次第ではその気がないわけでもない、というよりも俄然、身を乗り出して息子さんの友人の災いに一役買おうではないかと思ったりした。

 「1996年のロマネ・コンティを800ユーロで買わないかい。」

 条件はふたつ。来週の月曜日までに現金で支払って欲しいこと。そして2本買って欲しいこと。

 グレート・ビンテージとされる1996年のロマネ・コンティの日本での市場価格はいくらだろうか。とっさに数字は出てこないが、おそらく一本50万円はくだらないだろう。二本で100万円相当の価値があると想像される。かたや800ユーロが2本で、1600ユーロ。1ユーロを135円として216,000円。現金は持ち合わせていないので、カードのキャッシングを利用するとして年率10(または20?)数パーセントの利息に、日割り計算をして、帰国後直ちに返済手続きを取るとして、まあ23万円以内で何とか納まりそうな気配である。23万円でロマネコンティの傑作ビンテージが2本も買えるとは・・・。全く悪い話ではない。今年のクリスマスあたりにに気の合う誰かと飲んじゃうことにして、あと一本は、10年くらい寝かすか、どうするか・・・。全く悪くない話だ。うん。悪くない。

 マダムによれば、ワインは午後にならないと渡せないということで、またこちらとしても現金の持ち合わせもなく、今日の行動予定もかなり埋まっているということで、ワインは来週の月曜日のお昼に引渡し、そのとき現金も渡すということで、商談はあっけなく成立したのだった。うきうきうき。

 その日は、シャブリ地区をパトロールする予定だった。ジュブレ・シャンベルタンからシャブリは意外に遠く、高速道路を時速120キロでぶっ飛ばしつつ、思いはシャブリにあらず、途中のパーキングでキャッシュディスペンサーを探しては、そういえばキャッシングの限度額はいくらだったかなあ、まあカードは3枚持っているから大丈夫だろう、などと完全に活動は上の空で、そのときCDが見つからなかったのを残念がりつつ、月曜日に現金を引き出せばいいのだと、自分に言い聞かせるのがやっとだった。

 キメリジャン土壌で有名なシャブリの特級畑を散策しつつ、土も葡萄も見ておらず、アンモナイトの化石も見つからないなあと嘆きながら、商業チックなシャブリは早々にあとにして、一路ボーヌへ戻ったのだった。ボーヌで昼ごはんを食べ終わり、ある憧れのドメーヌを訪問するころには、ようやく身辺も落ち着いて、そのドメーヌの話に集中できたことは、今思うとラッキーで、ここを上の空で訪問してしまっては、あとでの後悔は必死だっただろう。

 そして夕方。そのマダム宅に別件での用事が発生し、ちょっと訪問してみた。ワインは到着しているので、引渡しは月曜日でも、ちょっと我が家のセラーを見てみるかいと誘われた。断る理由などなく、マダムについて地下のセラーに歩いていく。パチパチパチと蛍光灯がようやく灯り・・・。

 「これよ」優しく微笑みかけるマダムが指差したワインは、ロマネ・コンティではなかった・・・。

 「あれ、マダム。それは隣のリッシュブールというワインですよ。」あわてて指摘すると、
 「そうよ。ロマネ・コンティの隣のワインよ」
 「えっロマネ・コンティって言ってましたよね」
 「ええ。ロマネ・コンティって言ったけど、これもロマネ・コンティと同じようにすばらしいのよ」
 「でもロマネ・コンティじゃない」
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」

 結局、午前中の会話はなんだったんだろう。マダムは確かに1996年のロマネ・コンティと言った。さすがの私でもロマネ・コンティとリッシュブールは聞き間違えない。もちろん両者とも高級ワインには違いなく、悪意のないマダムを攻め立てるのも本意ではないので、その場から笑顔で立ち去るしか手立てもなかったりした。しかもそのリッシュブールはDRCのそれではなく某社のそれだった・・・。たしかに1996年のDRCのリッシュブールなら1本800ユーロくらいでパリのワインショップでは売ってそうなので、(日本ではそんなにしないだろうが)、まあ微妙な線ではあるが、某社のリシュブールとなると、その価格は大きく下落するのだった・・・。

 「いい夢、見させてもらったなあ」

 しかし、ワインを価格の面からアプローチすると、一気に興ざめになる。価格も大事だが、その価値観に共有する何かを見つけられなければ、ワインは飲むべきでも、買うべきでもないのだろう。価格は市場原理に任せるとして、価格に踊らされた数時間に貴重な経験と位置づけてみたくなったりした。(今回は現金を引き出していないので、手数料もかからず、利息も取られず、残り少ない旅の日程では1,600ユーロもの大金はたぶん使い道がなく、日本で換金した時の為替差損も馬鹿にならず、現金を下ろしていたら2,3万円は確実に損していただろう・・・危なかった。ふう)

 ロマネ・コンティの話から、その話がご破算になるまでの数時間、同行してもらった某女史によれば、私は心ここにあらずで、相当の動揺が見られたという。話もちっとも聞いてないし・・・。それはそれで普段とは全く違うブルゴーニュ魂だったので、面白かったよと楽しそうに言われ、空振りに終わった美味しい話は、よい旅の土産話へと昇進していくのだった。今時分、ロマネ・コンティの1996年は800ユーロでは売っていないのだ。思い知れっである。

 「おいしワイン話には、オチがあるなあ・・・」

 そんな感じもある。あはは。
 
 (この話自体には、オチがないのはどうしてだろう・・・)


おしまい

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