硬派なコラム
(に挑戦) イラク戦争の原因 (2004/10/26)
 
 さて、今回は柄にもなく硬派なテーマを選んでみた。別に経済学部を出たわけでもなく、世界金融に強いわけでもなく、付け焼刃的な知識ではあるものの、最近最も関心の強いテーマだけに(フォークで食べるカレーを除く)、少しばかり記してみたいと思う。知識の浅はかさや勘違いを露呈させつつも、ちょっとお付き合いいただければと思う。

 テーマは、「イラク戦争の本当の原因 ユーロ建てによる石油取引への危惧」である。

 1971年8月15日のニクソン・ショックを受けて、金との兌換性(注1)を失った米ドルが、今日でもなお世界の基軸通貨であり続けられているのは、石油取引通貨が米ドルであることと関係が深いようだ。石油が米ドルで取引されるということは、どういう意味を持つのだろう。アメリカにとっては米ドル札を印刷するだけで石油を輸入することができ、日本をはじめとする石油輸入国は、石油を買うために、まずは米ドルを調達する必要が出てくるのだ。

 アメリカ以外の国が米ドルを調達するためには、アメリカ国内での財・サービスの見返りとして獲得するか、為替相場で自国の通貨を売って米ドルを購入するしかない。しかも石油を買うための資金としての米ドルは、実際に石油の購入資金に充当するか、米ドルが流通する唯一の市場 = 米ドル市場 = アメリカ国内への投資にあてられるより他に行き場はない。他国で産出される石油が米ドルと密接に関連し、その経済効果は米ドル市場で循環している。これがつまり、双子の赤字を抱えつつも、破綻しないアメリカ経済を支える大きな柱となってきた。

 一方、米ドルの支配に警戒感を強めていたEU各国は長年の悲願だった通貨統合を1999年1月1日に成し遂げ、国際基軸通貨たりえるユーロを獲得した。これに反応したのが、石油第二の埋蔵量を誇るイラクのフセイン政権である。かねてより反米意識の強かったフセイン大統領は、ユーロ通貨が現金で流通(2001年1月1日)する以前の2000年9月24日に、ユーロ建てによる石油取引を表明し、同年10月30日にはイラクの石油取引の窓口でもある国連の承認を得て、翌月6日にドル建てによる石油売買を停止し、ユーロ建て取引に変更した。石油市場の米ドル独占状態が、僅かではあるが、ここに崩れたのである。

 そして2001年9月11日。いわゆる9.11が発生した。アメリカ政府はテロリストへの徹底抗戦を強め、僅か二ヵ月後には「愛国者法」が成立。これは、在米金融機関に対して資金取引の報告を義務付けたものだが、これに危機感を覚えたのは当のアルカイダなどのテロリストだけではなく、中東や華僑などの裏世界に通じる外国資本だった。彼らは資産の監視を嫌ってドル離れを加速し、彼らの資産がユーロへと流れる結果になった。この機に欧州中央銀行は反応し、ユーロの利率を米ドルよりも高めに設定し、ユーロ市場への流入を後押ししたのだった。皮肉なことにアメリカを守るための法律が、両刃の剣となってアメリカの資産を減少させたのだった。

 もし各国の石油取引がユーロ建ても可能になれば、各国が米ドルを持つ理由もなくなる。それはつまり米ドルの暴落を意味しかねない。しかもこの機に乗じて、ユーロは米ドルに対抗する国際基軸通貨としての地位を耽々と狙っているのだ。これではアメリカの市場を支えてきたシステムが崩壊しかねない状況だ。危機感を強めたアメリカは、ユーロ建てを表明する国々に圧力をかけ(ベネズエラでのクーデターにアメリカも一枚かんでいるという説もある)、また同盟国の日本には米ドルを買え支えさせ、中国に対しては人民元の切り下げ要求の回避のために米ドルを下支えさせ、米ドルの貨幣価値を維持させている。そして同時にイラクのユーロ建て取引を容認した国連への不信感も募らせていく。イラクの大量破壊兵器や途中からすり替わったイラクの民主化の大義名分の下、新たなる国連決議を得ずに、国連への不信感と大量破壊兵器をもつアメリカはイラクへ先制攻撃したのだった。それはイラク自体への武力行使もさることながら、ユーロ建てへの転換を示唆する石油輸出各国への圧力と抑止効果、そしてなによりも石油取引のドル建てを死守するアメリカの思惑の現われである。そして、それを象徴するかのようにフセイン政権打倒後、アメリカ政府が最初に行ったことは、イラクの石油取引のドル建てへの復活だったという。

 一方で、石油のユーロ建て取引を歓迎する国はどこだろう。サウジアラビアなどの親米国家は、アメリカとの密約などにより王家の安全を確保するためにユーロ建てには反対するが、反米意識の強い石油輸出国は、アメリカのご機嫌を伺わずにできるので、歓迎することだろう。そして、もちろんユーロを自国の通貨とするヨーロッパ12ヶ国が自身の通貨の基軸化を歓迎しない理由は、あるはずもない。これはユーロの世界の基軸通貨としての後ろ盾を得ると同時に、兌換性がなく暴落の可能性がある米ドル資産を持たなくて済むことを意味し、ユーロ圏の循環効果と自国の経済発展に大きく貢献するためである。また対ヨーロッパ、とくにドイツと主要取引をするロシアにとっても、ロシアのエネルギー資源をユーロで取引できれば、対ユーロ圏との経済発展も期待でき、米ドルが暴落したときでもその影響を回避できる。アメリカの真の戦争目的がドル建て死守にあるのなら、ドイツ・フランス・ロシアが戦争に積極的に賛成する理由はないのであり、実際に彼らは表向きの理由を並べて反対していた。

 こうして石油取引のユーロ建てへの動きを眺めれば、アメリカのイラク攻撃も納得でき、サマーワへの人道支援を大儀とする自衛隊派遣の是非が、世界の動向からすると、ピントがふたつもみっつもボケているような気がするのは、私だけだろうか。イラク戦争の本当の理由は、石油のドル建て維持によるアメリカ経済の救済なのだ。そして、ふと思う。世界中の石油が日本円で買えるとしたら、日本経済はどんなによくなることだろうか、と。そんな儚い夢を思い描きながら、今宵のコラムは幕を下ろすことにしよう。

 ところで、もし仮に石油取引がユーロに完全に移行した場合、アメリカはヨーロッパ各国で、ユーロ獲得のためにどんな商売をするのだろう。IT関連の知的所有権と、武器と、ハリウッド映画と、ハンバーガー・・・。アメリカ製品で欲しいものはあまりみあたらないが、そういえばアメリカにはイラクを凌ぐとも言われる石油埋蔵量があるので、アメリカはヨーロッパに石油を売るのだろうか。仮定の話なので、結論はでないが、あるいはついに地球規模的に石油の埋蔵量が枯渇した時、最後の産油国としてドル建て取引を・・・なのかもしれない。


おしまい

注1 1944年7月のブレトン・ウッズ体制により純金1オンス=35ドルが保障されていた。


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