ソメイヨシノの悲劇 (2005/04/08)

 
 今、桜が満開である。一昨日は小田原某所で、昨日は東京タワー付近で、満開の桜をめでたのだが、このソメイヨシノという桜には、悲劇のエピソードがあることをご存知だろうか。

 全国というか世界中のソメイヨシノは、たった一本の木から接木(いわゆるクローン)によって増殖されたもので、言わばたった一つの個体なのだという。ソメイヨシノはたった一つの個性しか持たないために、受粉して子孫を残すことができない宿命を帯びていて、満開に咲いた花が、実をつけ、新しい命が芽生えることは決してないのだという。これは桜の近親交配抑制作用に原因があるらしく、ひとつの個体しか存在しないソメイヨシノは他者の花粉がこの星に存在しない以上、決して受粉できないらしい。

 そして、桜の花の満開の下で、ふと思う。ソメイヨシノは、一体何のために花を咲かせるのだろうか。敷地内に何百本ものソメイヨシノが林立しようとも、そして日本全国はいうに及ばず、世界各国で何億本も存在し、この時期に無限の花を咲かせようとも、ソメイヨシノはたった一つの個体でしかない。これを孤独と呼ばずして、何と表現すればよいのだろうか。ソメイヨシノの花びらが美しければ美しいほど、空に舞う花びらが多ければ多いほど、それらが何も生み出すことがないという事実に、悲劇を感じざるを得ない。

 この花が受粉することはないのである。

 そしてクローンによる増殖は、いわゆるクローン劣化を否定できない。これはブルゴーニュの名門ドメーヌを率いるエチエンヌ・ド・モンティーユ氏も指摘するところだが、クローンは実生(受粉した種から成長すること)により生まれた固体よりも寿命が短く、また個体が同一なので、劣化は同時に進行するとのことだ。ある日突然日本中のソメイヨシノが、死を迎えるかも知れず、それが第二の悲劇にも通じているように思われる。

 また、普通の植物は、葉が開いてから、花を咲かせるが、ソメイヨシノは例外的に花の方が葉よりも先になり、そのために満開の時はほんのりピンク色した白い花が当たり一面に咲き乱れるのだ。受粉できない例外的な美しさをもつソメイヨシノは、ゆえに観賞用として世界中に広まることになる。公園全体がソメイヨシノの花びらに埋め尽くされる時、その美しさではなく、その内蔵する悲劇が私の胸を締め付けるのだった。

 ソメイヨシノの孤独と突然やってくるであろう死を、満開の花びらの下で思うとき、いつもとは全く違ったお花見になることだろう。そしてその下で飲むお酒の味も、きっと違うはずである。

 この週末がピークを迎える桜の花の満開の下で、ソメイヨシノの孤独を共有してみるのも悪くない。


おしまい
注 「ソメイヨシノ クローン」で検索すると、いろいろ薀蓄を語れるくらい知識が増えそうです。


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