「エリゼ宮の食卓」 (2005/06/10)

 
 「エリゼ宮の食卓 その饗宴と美食外交」 西川恵 新潮文庫刊が面白すぎである。

 この本はワイン好き(を表明するなら)には必読の一冊であり、ボルドーの格付シャトーやシャンパーニュの特級格付けの村を語呂合わせで覚える暇があるならば、何べんも繰り返し読んだほうがいいと思われる名著である。何が面白いか。それはフランスの外交政策のうまさの妙にあり、フランスワインの格付を外交カードに利用する様は、フランスの立場をも代弁し、それは面白いのである。ワインは語る・・・である。

 フランス大統領官邸のエリゼ宮は、公式晩餐会の会場になる場所である。招かれるお客は国家元首、首相、皇太子などであり、それに随行する外交団である。エリゼ宮は国家が国家を招待する最高の宴。そのときの料理とワインの組合せが、フランスをあげて大歓迎しているのか、とりあえず差し障りのない宴にしているのか、時の政局にも鑑みて、手に取るようにわかってしまうから面白い。エリゼ宮の食卓では、白ワイン、赤ワイン、シャンパーニュの三種類が出されるようで、料理に合わせることももちろんだが、そのワインの「格」によって、明らかな待遇の差が、フランスのメッセージとして伝わっていくようである。たとえば、最高級のおもてなしには、白ワインにはブルゴーニュの特級・一級クラスが用意され、フォアグラ料理のときなどは、世界三大貴腐ワインの一角シャトー・ディケムもサービスされるようである。その白ワインが格的に落ちると、その宴は差別化される。赤ワインは200余人の参加者にサービスするために量的に安定しているボルドーの銘醸系が用意され、それが一級シャトーをはじめとする格付シャトーなのか、無名シャトーなのかによってその宴の格が手に取るようにわかってしまう。最後はシャンパーニュで、それがクリュグなのかなんなのか、ビンテージものか何かによっても、一目瞭然だったりもする。

 具体的に誰を招待した時にどんなワインが出されたのかは、本著に譲るとして、最も印象的なのは、少数与党に転落し短命に終わることが明白だった羽田首相の晩餐会のメニュだろう。一国の首相を招待する晩餐会としては異例のプロバンス地方のワインが用意され、それがどんなにうまいワインだろうとも、他の日本の首相とも圧倒的な格差をつけられていて、ワイン好きで知られる当時の羽田首相の苦虫をかんだ表情も目に浮かぶというものだ。ワインの格を落とし、宴のお茶を濁すことによって、日本の次期政権への暗黙の配慮にもつながり、フランスの外交上手の好例に挙げられているようである。

 いずれにしてもフランスの主要産業であるワインには、公の格付があり、それがフランス外交に密接に関係し、対国家政策の明らかなシンボルとなるところが、とても面白いのである。

 ワインは語る。その言葉に耳を傾けてみよう。ワインの魅力に引き込まれていく・・・。

 なお、余談ながら著者の西川恵さんは、男性で、ちょっとびっくり。

おしまい



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