「憂国」 (2005/11/08)

 
 三島由紀夫の「憂国」(新潮文庫)を読んでいる。

 この作品については、三島本人の解説において、「三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのような小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一遍を読んでもらえばよい」と評するだけあって、短いながらも、凄い小説である。本書の詳しい解説は、許先生の「世界最高の日本文学」(光文社新書)に詳しいので、そちらを参照しつつ、特に印象に残ったことをひとつだけ記しておきたい。

 それは、文中に登場する四つの音についてだ。死を覚悟した新婚の夫婦が意識した音のリアリティが、耳の奥にこだまして、決してその音を聞いたわけでもないのに、なぜかその音が耳の奥から消えないのだ。正確に言えば、旦那が三つの音を、新妻がひとつの音を聞くわけだが、小説からそんな音が聞こえようものなら、文学のすばらしさを痛感するところである。

 その音を登場順に記すとこうなる。

 「遠い湯のはねかえる音」
 「妻の立ち働らく音」
 「窓の外に自動車の音」
 「階段を上って来る足音」

 そんな音を聞いたあとに、夫婦はあんなことやこんなことをやりつつ、その思いを遂げるわけだが、三島の切腹自殺を予言するかのような作品に、心動揺しつつ、言葉の力を知るところである。許先生が「世界最高の」と銘打つ理由は、「憂国」の中にしっかりと存在していた。この秋、ぜひ。


 おしまい


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