鮨にワイン (2006/03/07)

 
 最近、よく聞かれる質問に、お鮨とワインの相性というものがある。「お鮨にはどんなワインが合いますか?」という類のものだが、私の答えはいつも決まっていて、それは大抵そっけないので、話は一向に盛り上がらなかったりする(笑)。

 「お鮨には、お茶が一番おいしいですね。百歩譲ってビールか日本酒。百二歩譲って芋焼酎かな」

 鮨は魚編に旨いと書くように、御飯と魚介類の絶妙なハーモニーが、鮨職人によって表現された和を代表する逸品にして、それはすでに完成の域に達しているお料理だと思う。同じネタと同じシャリを使って握ってもらっても、職人によってその鮨の味わいが違うのは、早朝5時前の築地に行くまでもなく自明のことで、職人の心技体によって表現された鮨という完成品に、敢えて果実酒であるところのワインを合わせなくてもいいと思う。

 すでに絶妙のハーモニーを奏でている鮨に、もうひとつ違う音を重ねるようで、ワインは少し違うような気がする。それは鮨屋のカウンターで気の合う職人さんが握った鮨なら、なおのこと。鮨はただ御飯と魚貝を重ねて出されたものにあらず、そこには職人の魂や粋が含まれていると思うと、その職人さんが想定していないワインには違和感を持たざるを得なかったりする。またワイン好きな職人さんなら、ワインに合わせるように舎利やニキリを代えたりしてくれそうだが、鰻の秘伝のたれに、赤ワインを足していますという様な鰻屋サンの暖簾はくぐりたくない者にとって、その歩み寄りには違和感を覚えてしまうので、不器用なまでに鮨にこだわる職人さんのお鮨を食べるほどに、ワインはそのポジションを持ち得ないのである。加えるならば、目の前に出された鮨を眺めて、ワイングラスを傾けるうちに、その鮨のうまみはどんどん逃げていくような気がする。職人の手を離れて、カウンターにすくっと沈んだ鮨の寿命は、それほど長くもなく、私の場合はお箸を使って口の中に誘えば、それはおいしい世界が体全身を駆け巡ってくれる。「うまい」と唸るほどに、ワインはちょっと居場所がない。

 しかし一方で、世の中にはおいしくない寿司というものも存在し、そんな時はワインを飲みつつ寿司に集中しないようにするのも悪くないのかもしれない。でもそれって余り楽しい食の現場ではないような・・・。

 鮨とワイン。人それぞれに意見や思い入れはあるだろう。鮨とワインを合わせるのが好きな人もたくさんいるのだろう。基本的には、好きなものを楽しめばいいと思う。常日頃からも、おいしいものにはおいしいワインがよく似合う、と思っているので、実際に鮨とワインがあう場合も多いだろうし、新たな発見も控えていそうだが、個人的には職人のお鮨には、それ自体を楽しみたいので、酔わずに楽しめるお茶が一番と思っている。

 「お鮨にはどんなワインが合いますか」という問いに対する私の答えは、今後も「お鮨には、お茶が一番おいしいですね。百歩譲ってビールか日本酒。百二歩譲って芋焼酎かな」になりそうである。


 おしまい


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