ココが最前線 ある食卓の風景 (2008/05/13) |
先日、とあるレストランでハッピー・ワインセミナーを開催させていただいた。テーマは「ココが最前線、そしてその作品(ここのシェフは自らの料理をそう呼ぶ)とワインのマリアージュを、ロブマイヤーというグラスと隆太窯という器を用いて楽しむ」というやたら長いタイトルだった(参加者には全文は伝えていませんでしたが・・・(笑))。
都合13皿にも及ぶディナーは、4時間半を超える長丁場となり、しかしそれは、至福の連続で、あたかもオペラハウスで、すばらしいオペラを鑑賞しているかのごとく。その現場に案内役としていられることに、鳥肌も立ちつつ、きちっとそのすばらしさをお伝えできていればうれしかったりする。 時は、5月のゴールデンウィーク明けにしては肌寒い夜。こんな夜には、フレッシュなシャンパーニュより、熟成感が味わえるシャンパーニュの方がいい。エペルネイの北西にある小さな村に本拠地を構えるパトリス・マルクは、瓶内熟成を通常よりも長くとる事で知られ、その香ばしい熟成感は、マロンフレーバーを伴って、落ち着いた味わいを醸し出してくる。美しいシャンパーニュは、ロブマイヤーで彩りたい。かねてからの願望も適い、チューリップトールBに六杯取りしてサービスさせていただいた。黄金を意識させる美しい色合いと肌理の細かい泡立ちが、チューリップのような形状のグラスの内面を立ち上り、至福のプレリュードとしては、抜群の選択(自分調べ)だったと我ながらほくそ笑んだりしてしまう。 一口サイズのアミューズに続き、モリーユ茸のスープをヴァン・ジョーヌの小粋なアクセントでお楽しみ頂きつつ、二番目のワインは、アルザスでビオディナミ農法を採用し、この地で常にトップ評価を受けるマルク・クライデンヴァイスの新着2006年クリット・ゲヴュルツトラミネールをチョイス。ライチの香りに蜂蜜のような香りが乗っかり、それはロブマイヤー・グラスVの独特の空間に漂い続け、甘いのに辛口という不思議な食感が展開されていた。ワインとのマリアージュという点では、モリーユと産地を同じするジュラ地方のヴァン・ジョーヌ(黄色ワイン)をアレンジしたシロップ???がスープに絶妙な味わいを演出していたようだった。 そして、三皿目。このレストランの定番料理である山羊乳のババロワが運ばれてくる。オリーブオイルと塩(フルール・ド・セル)にこだわるこの料理は、このお店の味を決める二つの要素にして、今宵の食卓の基軸となるもの。この料理には、オーストリーのビオディナミスト・ガイヤーホフが醸すグリューナ・フェルトリーナ(現地の品種)が最高のマリアージュを見せる。このワインだけ12杯取りにつき、INAOグラスにてのご案内となったが、ババロワの量に対して、程よい加減だったように思われた。ババロワを食べながらも、実は塩とオリーヴオイルが主役という不思議な料理。ココでしか食べられないが、ココでなら必ず食べられるこのレストランの基本中の基本料理だ。(どんなときも必ず出てくるという設定もよくよく考えれば、ここにしかないものかもしれない) 続いて、ドゥー・ブルトン(二つのブルターニュ)と名づけられた、この店の定番料理が運ばれてきた。ブルターニュ産の帆立と蕎麦の実のリゾットという定番料理には、帆立を意識して、どう考えても傑作としか表現できない1995のピュリニー・モンラッシェ1級クラヴォワイヨンをルフレーヴの作でお楽しみいただいた。長時間の時間配分を考え、低めの温度に設定されたワインを数分前にデカンタージュして、ロブマイヤー・ブルゴーニュグラスへサーヴ。幾重にも重なるシャルドネの熟成とクラヴォワイヨンの美しい酸ミネラルが、ロブマイヤーに漂うとき、ここに至福ありと思わず唸りたくもなってくる。こんな素敵なワインは、決してグラスを回してはいけない。そう強く信じさせるに十分な魅惑を放っていた。 そしてNHKでも紹介された傑作「タルト・ブーダン・ノワール」が登場する。リンゴのタルトの上にきれいに重なったブーダン・ノワールは、私的には、今年の上半期を通してナンバーワンとして評したいほどの衝動に駆られる逸品だ。黒いブーダン・ノワールの一直線の美しさと、右側にかぶせられるフォアグラのアンバランスさに、凄まじいほどの美を感じ、まさにココが最前線を強く意識したりする。この名作には、ゲヴュルツトラミネールとクラヴォワイヨンともに絶妙なマリアージュを見せていたようで、それが証拠に、参加者全員が寡黙となり、時々、おおお、や、ううう、という唸り声にも似た歓喜の声が聞こえる以外は、ブーダン・ノワールをナイフで切り、ナイフがお皿(石のテーブル状のもの)と掠れる音だけが、室内にこだまするのだった。そして食べ終えると喜びの歌が聞こえるかのようなザワメキ・・・すばらしい瞬間を共有させていただいた。 お料理を待つ間は、お隣の人と素敵な雑談。そして料理が運ばれてくると寡黙。料理の細かな説明を聞きながら、料理の温度が失われる前に食される食空間。私の中ではかなりの理想的な時空を意識しつつ、スワリングされないワインは、ロブマイヤーの中で少しずつ変化していく様が痛快だったりするから、すごい。 そして魚料理は、この料理が、お店を一躍、世界のスターダムに押し上げたといってもいいくらい有名な、キジハタ(別名アコウ)のロースト。キュイソン・ナクレと呼ばれる独特の焼き方によって、表面が螺鈿色に輝く、まさに究極の美しさ。貝殻の内側のような虹色に輝くキジハタは、実は自分のテーブルに置かれたものより、対面のテーブルに置かれたものの方が、見る角度が最適のようで、極めて美しく輝いているから不思議だった。ここに、山梨県の甲州ワインを唐津焼・隆太窯の南蛮コップに注ぐ。今宵のワインは、金井醸造場の2007甲州万力獅子岩。この場に日本のワインがあってほしい。日本のワインがなければならないという思いのもと、日本の土から生まれたワインは日本の土で包むべく、唐津焼にてサービスさせていただいた。陶器に入れることによって、色合いと果実味が失われてしまうが、土のドキドキ感が、甲州を日本のオリジナルたらしめると信じつつ、魚料理に合うから不思議だ。 料理のメインに、肉が登場。今宵は、ほろほろ鳥だった。一羽丸まる焼かれたほろほろ鳥は、皮目のこんがり感と、肉汁のジューシーさが絶妙で、お皿の右隅に置かれたフルール・ド・セルを幾分多めに振りかければ、くくくっと唸らずにはいられないほどのうまみ成分が、口の中に押し寄せてくるから不思議だ。赤みを帯びた肉には、ヴォグエの特級ボンヌ・マール2001をロブマイヤーであわせる。幾分とじ気味だったボンヌ・マールは、デカンタの効果も早々に現れて、極めて美しい官能の世界へと誘ってくれたようで、「至福のとき」とは、まさにこの瞬間をいうのではないかと、信じたりした。 肉を食べ終わっても、まだワインは残っている。チーズとあわせるためだ。ココのチーズは、不思議なプレゼンテーションによって食される。それが何かはここでは触れないが、この不思議なチーズとボンヌ・マールが共存する食卓に、「幸せ」の二文字を送りたいと心で叫びつつ、まだ残っていたクラヴォワイヨンも、これまた素敵なオーラを発しているようだった。 その後、これまたここでしか味わえないデザートが数種類登場し、〆のコーヒーで、素敵なディナーは終了した。 最後には、終電を気にしながらの進行となってしまったが、仕事を終えたシェフとこの日の料理についての問答もしばらく楽しみ、あらよという間に、終わりの時刻と相成った。ココが最前線。そう強く信じた夜は、いつもの夜と同じように、更けていくのだった。 さて、ここはどこのレストラン??? (バレバレです!!!) (帆立とブーダンノワールは順番が逆かもしれないなあと・・・あいまいな記憶に言い訳しつつ・・・) おしまい Copyright (C) 2008 Yuji Nishikata All Rights Reserved.
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