ドメーヌ・オードリー・エ・クリスチャン・ビネール
Vigneron : Domaine Audrey et Christian BINNER
ヴィニュロン : ドメーヌ・ビネール
本拠地 : アルザス アメルシュウィール村
看板ワイン : アルザスワイン各種
特徴 : ピノ・ノワールが特においしい
備考 : 自然派ワイン

- アルザスワインの魅力に、ようこそ -

 
最近の日本のワイン関連の雑誌は、こぞってロワールの自然派ワイナリーを特集している。各誌を読み連ねると、本質をついている美しい記事にまぎれて、どうやっても広告としか読めないものや、修学旅行でロワールに行ってきました風の感想文などもあり、まあそれはそれでいいのだが、どうにも有名どころは出尽くした感もあり、閉塞感も漂っているようだ。ロワールはもう飽きた、といった感じなのだ。(ワインではなくワインの記事・・・)。

 次に各誌が向かう産地は、アルザスであると踏む。このドイツ国境に近い北のワイン産地は、ブルゴーニュにも似た美しい斜面を持っており、それは50もの特級畑を有していることからも伺え、地球の温暖化や自然派ワインの台頭の波と共に、近頃のワインの高品質さとあいまって、最も注目しうるワイン産地だからだ。ワイン用の樽やミネラルウォーターの源泉地として知られるヴォージュの森の西の端。そり上がる斜面の南向き、または東向きのそれにブドウ畑が広がり、AOC的にはリースリングやケヴュルツトラミネール、ピノ・ノワールなど、いくつもの品種が認められ、アルザスという大きな地方名に特級畑を併記しうる法律はあっても、村や地区名だけを名乗ることは出来ず、またヴァン・ド・ペイやヴァン・ド・ターブルのカテゴリーをも持たない不思議な産地。歴史的にもワイン的にも、ドイツとフランスの中間的なニュアンスも強く、なんだか中途半端な意識を持ちやすい産地。それがアルザスなのかもしれない。

 斜面を愛するものにとって、アルザスは外せない。

 今までアルザスが表舞台に上がらなかったのは、どうしてだろうか。それはアルザスワインが意外に安くないのに、おいしくないというようなレッテルが貼られやすかったという面も否定できないだろうし、ドイツと同じ品種を栽培しながらも、ドイツは甘口のイメージが強く、方やアルザスは辛口が多く、そこに混乱が見られたということもあるだろう。そして最大の難問は、アルザスワインの発音の難しさにあると思われる。ただ単にアルザスワインとして購入するなら、品種が明記されているアルザスワインは発音も容易で、購入はしやすい。しかし、ブルゴーニュやロワールと同じ意識(造り手や村名や畑名)で楽しもうとすると、たとえばビネールが本拠地を構える村のAmmerschwihrという名前やグラン・クリュのWineck-Schlossberg畑の発音は著しく厄介で、さらにはアルザスを構成する13種類の土壌(石灰質や泥炭土、花崗岩など)を把握しようものなら、なんだかそれだけで敬遠したくなってくるから、今までアルザスは辛かった。アルザスそのものは、簡単に発音できるのに、一歩奥に入ろうとしようものなら、発音が一気に、そして壊滅的に出来なくなるのだ。

 しかしである。そんな困難を克服しようとしたくなるワインが、アルザスに存在している事実が明らかになった今、発音の難しさや土壌の混乱は、脇において、まずはビネールのワインを飲んでみたい。幸いにして、ビネールというドメーヌ名は日本人にも発音が容易で、「ビネールの、あの薄い色のワインおいしいよね」で、大体の意思の疎通も出来ることから、アルザスワインの入口にビネールをぜひとも紹介したいと思うのだった。


- ドメーヌ・ビネールとは・・・ -

 ドメーヌ・オードリー・エ・クリスチャン・ビネールはアルザスワインの中心地、コルマールにほど近いアメルシュウィール村に本拠地を構える家族経営のワイナリー。その歴史は古く、創業は1770年という。所有する畑は7haで、モニック、オードリー、ジョセフ、クリスチャンのビネール家の四人が中心となり、6名の従業員とともに、スパークリングワインであるクレマン・ダルザスとスティルワイン、そしてオードヴィー(蒸留酒)を生産している。栽培する品種は、リースリング、ミュスカ、ケヴュルツトラミネール、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、オーセロワの6種類で、平均生産量は年間4万本。ビオロジー農法(認証=エコセール)を採用して、自然に優しい農業を実践している。そしてこれも特徴のひとつに挙げてよいと思われるが、ドメーヌの情報開示は、オープンで、手際よく整理されているのだ。畑の標高から斜面の傾度、土壌の構成や栽培哲学、平均収穫量の推移、収穫時の糖度、亜硫酸の回避や天然酵母を用いた醸造方法など、それを知ろうとするものには全てを開示しているといってよさそうな勢いなのがうれしい。

 ところで今回は、若き当主のクリスチャン・ビネールと一緒に畑と蔵を廻った。来年2007年の3月に来日が決まっているようで、日本での再会も待ち遠しいのだが、彼のサンパで、親しみやすい性格は、ビネールの優しいピノ・ノワールの味わいに似て、とても心地よい。平たく言えば、気のいい若い農民さんで、「うちの葡萄は、ビオロジーで栽培していて、収穫間際になるととてもおいしいから、動物に食べられないようにネットを張り巡らさないといけないんだ。困っちゃうね」と嘆きつつ、何よりも葡萄と畑とワインを愛し、そしてとても几帳面な性格の持ち主だった。あいにく、ぶどうの実はなっていなかったので、食することは出来なかったが、斜面の角度といい、旨そうな畑の色といい、丁寧な仕事振りが斜面に映し出されていた。

 彼の几帳面さは、蔵でも発揮されている。セラーの入口には蔵の見取り図が貼られ、どのワインがどこで熟成されているのか一目瞭然であった。また試飲用の冷蔵庫(日本のコンビニでガリガ○君のアイスが売られている冷蔵庫に似ている)の脇には、これまた見取り図が置かれていて、上からビンの口だけを見つめても、どこにどんなワインがあるのかがわかる仕組みになっていた。この几帳面さが、ワインに高品質を呼ぶのだろう。蔵の中には、フードルと呼ばれるこの地方特有の大きな樽やブルゴーニュ樽も美しく配置、管理され、資金的にも余裕があるためか、樽には装飾がされていて、ワイン造りに素敵なアクセントをつけていた。(貧乏な?蔵ではそんな装飾品は皆目見つけられなかったが・・・)


- ビネールのおいしさ -

 さて、ワインの試飲だが、私はすでに日本で彼のワインは多数楽しませていただいていて、特にピノ・ノワールのおいしさには注目しまくっている。彼のピノ・ノワールは毎年個性豊かな味わいになっているようで、たとえば2005年には一部に貴腐が付いてしまい、甘口バージョンも造ったり、2003年のそれはアルコール度数が強烈に上がって16.8%というわけのわからない度数になってしまったり、はたまた2004年のそれは、抜栓が2週間前だったにもかかわらず、健全なままで、大変滋味な味わいをかもし出していた。個人的には1996の薄いのに、とてもうまいピノ・ノワールが大好物だと伝え、アルザスのピノノワールの可能性を強く信じたのだった。もちろんピノ・ノワール以外の品種もいい感じだが、それについてはまた違う機会に紹介したいと思う。


- ビネールの創意工夫 -

 ところでビネールといえば、先代が発明王だったようで、ビネールのワインを楽しむためのオリジナルなグラスを開発していた。ガラスが二重構造になっていて、それはあたかも二つのグラスを重ね合わせた様でもある。また底の部分が盛り上がっている形状をしていて、それは空気のクッションで温度変化を防止したり、独特の口周りにより香りを集中させたりする効果があるという。ドメーヌではワイン一本につき、グラス二個がついた贈答用セットも販売しているようだが、購入は次回にとっておこうと思ったりした。またビネールは自社にて瓶内二次発酵製法によるスパークリングワインを造っているが、澱を口元に集める作業(ルミアージュ = 動瓶)に用いる機械を自ら作ってしまい、一時に1,500本のクレマンを二つのハンドルを用いて動瓶が可能とのことだった。また蒸留酒造りでも定評があり、ビネール家の創意工夫と整理整頓が、これらの味わいを決定付けていると思うのだった。


- そしてビネールのおいしさ -

 ビネールのピノ・ノワールは、滋味な味わいで、ブルゴーニュの絢爛豪華な味わいに比べると見劣りしがちだが、丁寧に育てられた葡萄のポテンシャルの高さが、薄い色合いのどこに隠れようがあるのか解らないが、それでもしっかり隠れていて、この薄口甘口、余韻長め系のワインを和食屋さんで楽しもうものなら、西と東の洋の違いを感じながらも共通するうまみに、思わず頬も緩んでしまうのだ。滋味ゆえに、古のフレンチの腐れをごまかすキツメのスパイスやソースとはあわなさそうだが、素材のうまみを引き出す系のお料理との相性は抜群で、それは先日の恵比寿三丁目の某中華料理屋さんの滋味な味わいとのベストマッチでも証明されていた。

 ビネールのワインを、あんまり勧めると自分で購入する分がなくなってしまうので、痛し痒しだが、この不思議なおいしさを共有できる人との出会いに期待するのも悪くないので、ちょっとこの場を借りて紹介してみたりする。ビネールのワインがおいしく飲めると、ちょっと、しあわせなのだから。

 
動物よけの柵 うまそうな土 オリジナルグラス
蔵の見取り図 自家製 動瓶マシーン フードル樽からの試飲


以上

2006/06/27 (2006年5月 本人へのインタビューとドメーヌから頂いた資料を基に構成)

 


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