ギスレーヌ・バルト
Domaine : Ghislaine BARTHOD
ドメーヌ : ギスレーヌ・バルト
本拠地 : シャンボール・ミュジニ村
看板ワイン : シャンボール・ミュジニ1級レ・クラなど
特徴 : 7つの1級畑を持つ
備考 : 女性が当主
ギスレーヌ・バルトーとピノ(犬)

はじめに
 彼女のもとを訪ねる前に、私には白状しなければならないことがある。犬が苦手なのである。苦手というより嫌いなのである。これは犬に非があるのではなく、幼児体験からくるものと推測されるが、いずれにしても犬は苦手なのである。そして、まことに残念ながら、ブルゴーニュの家庭では犬を家族の一員のように飼っている。エマニュエル・ルジェしかり、J.J.C.(ジャン・ジャック・コンフュロン)しかり、レシュノーしかり、ジャン・フィリップ・マルシャンしかりなのである。ご多分に漏れず、ギスレーヌ・バルトもピノという犬を飼っている。ブドウ品種のピノ・ノワールと同じピノであるが、写真のようにかなり勇敢な井出達なのである。

 アポの時間になって、鍵がかかっていない門の前に立つものの、このピノが前に立ちはだかる。ワンワンと吠えてくれれば、その鳴き声が家主に届いて、外に出るなり二階の窓から眺めるなどして私の存在を意識してくれるだろうが、鳴きもせず、ただ目の前でウンウンと唸られつつ、ぎょろりと睨まれるとちょっと怖くて困ってしまう。仕方がないので、手ごろの大きさの石を庭に投げ入れたりして、私の存在を建物の中にいるまだ見ぬ家主に知らしめようとするが、なんとも言えぬ硬直状態が続くのだった。

 門の前でもじもじしていると、アポの時間が過ぎたためか、ピノの気配を察してか、当主のギスレーヌ女史が二階の窓から顔を出してくれた。にっこり微笑む彼女は「どうぞ中に入って、ちょっと待ってて」と優しく声をかけてくれた。しかし、ピノが私の進路をふさいでいる。早々気軽には中に入れないのである。二階から降りてきた彼女もまだ門の外にいる私のぎこちない仕草と、それでも中に入れない態度に、すべてを察してくれたような安堵の笑みもこぼれたりした。

 ブルゴーニュの犬は躾が行き届いていて、主の指示には100%の忠誠を尽くす。したがって主が現れて、ピノは私を睨むのをやめてくれた。ふうなのである。そしてピノとのお近づきの印に撮った写真が、上記の写真ということだったりする。そして彼女の「ピノ。あっちにいっといで」(訳=にしかた)の一言が、私を何よりほっとさせるから不思議である。


ギスレーヌ・バルトの特徴
 シャンボール・ミュジニにドメーヌを構えるギスレーヌ・バルトは日本での知名度は高くない。その理由は簡単で、この村を代表する3つの畑を所有していないからだ。特級ミュジニ、同じく特級ボンヌ・マールそして特級昇格の最有力候補の1級・レザムルーズの三つの畑を、である。これを将棋に例えるなら、飛車、角を持たずに挑むようなもので、ことによると王将すら盤上になかったりする印象すら受ける。一言で言えば、勝負にならないのである。同じ村のボグエやジョルジュ・ルーミエ、シャトー・ド・シャンボール・ミュジニ(ジャック・フレデリック・ミュニエ)がそのいずれをも持つのに比べ、その存在感はかなりの薄さだ。さらにはミュジニは持たないものの隣村のロベール・グロフィエや大帝国の看板ワイン「ミュジニ」をもつルロワと比べても、その立場は極めて目立たない位置に落ち着かせてしまう悲しさがある。

 これはワインは「畑の場所が最も重要な要素」であるためによるが、それでもこの一見地味なギスレーヌ・バルトには注目する価値があると思ったりする。なぜならば、本拠地に7つの1級畑を所有し、シャンボール・ミュジニ村以外には畑を持たないという特徴あるワイン造りをしているためだ。この村の特徴を知るなら、畑毎の個性を知るなら、絶好の造り手なのである。

ギスレーヌ・バルト マダム・ギスレーヌ・バルト マロ
お洒落な表札 カーブにて マロラクティック発酵中


7つの1級畑
畑名=ワイン名 (試飲順) 樽数(2002) 場所
Les Chatelots レ・シャトロ 4.5 村のほぼ中央部の緩やかな斜面
Aux Beaux Bruns オー・ボー・ブリャン 14.5 村の中心部 農道交差点あたり 緩斜面 
Les Baudes レ・ボード 3.5 ボンヌ・マールと特級街道を挟んで東側で接する緩斜面
Les Charmes レ・シャルム 5.0 ミュジニよりの村中心部 緩斜面
Les Fuées レ・フュエ 4.5 ボンヌ・マールと南側で接する急斜面
Les Véroilles レ・ヴェロワイユ 7.0 ボンヌ・マールと西側で接する急斜面 砂利系薄い表土
Les Cras レ・クラ 17.0 フュエの南側 市街地近くの急斜面
 この他に8区画の村名畑をブレンドするシャンボール・ミュジニも生産している (30樽)。
 ACブルゴーニュももちろん生産している。
 親樽比率は高くなく、30%。新樽の風味を嫌うためという。
 ヴェロワイユは1987年に村名から1級に昇格した。ドメーヌ・ブリュノ・クレールが大所有者。


 こうして7つの1級畑を見ていると、このドメーヌの地味さ加減が浮き彫りになる。3つの代表畑はおろか、サンティエ Sentiersやレ・オードア Les Hauts Doix (いずれもグロフィエのそれが有名)も持っていないではないか。これではブレイクのしようもない。ブレイクしないということは、価格もそんなに上昇しないということか。それは結構お買い得かも。しかし、大手ネゴシアンの手にかかればすべてブレンドされかねない地味な畑ではあるが、それぞれの個性をいかんなく発揮させるところはさすが名手であり、女性的なアペラシオンと比喩される畑を女性自身が造るとこうなるのかと思わせるところがすばらしい。それぞれのテイスティングをまとめてみると次のようになった。全体的に、「繊細で女性的なエレガントさ」の固定観念で挑むと若干の違和感を覚える。確かに繊細で上品ではあるが、時として荒々しさも見せつける味わいは、「女性はただ優しいだけが取り柄じゃないのよ。きっちりと自己主張する逞しさやアイデンティティも持っているのよ」と語りかけてくるような奥深い味わいなのである。

ワイン 樽からの試飲コメント (ダイジェスト版)
シャトロ 赤系の肉付きのいい果実。女性的で滑らかな味わいはエレガント。
ボーブリャン やや動物香があり、赤系の甘い果実味。酸とタンニンのバランスも良い
ボード 濃いジャム系で、赤系黒系入り混じる。荒々しさももち、ボンヌマールちっく
シャルム マロ中 果実味が豊かだが、テイスティングは困難
フュエ 石灰質の土壌の影響を受けミネラル感が豊か。動物的な荒々しさももつが、しかしエレガントな味わい。
ヴェロワイユ ミネラルで遅れて果実の甘み。花のニュアンスもありバランスが良い。
レ・クラ 黒系果実。構造がはっきりしていて、タニックなボリューム感がいい。

 試飲は後半にいくほど肉付き感からミネラル感に重きが置かれ、より充実した果実味が実現されている。これは畑の個性とその潜在的能力の違いによるものと推測されるが、決して逆から試飲することはない順番にシャンボールの確立されたテロワールが表現されているようでもある。


強いて言う欠点
 ギスレーヌ・バルトの7つのシャンボール・ミュジニ1級ワインは、それぞれの個性を楽しむには、またとないワインではある。畑の場所や斜面の向き、土壌の性質などを考えながら飲むワインもまた楽しい作業である。しかし、強いて弱点を挙げるとすれば、やはり特級ワインを持たない性が悲しげである。ブルゴーニュを代表しうるシャンボール・ミュジニの特級ワインを造りえないということは、この村に居ながらにして、この村の頂点を極められないということ。世界最高の味わいを造りえないということ。これは「ワイン名 = 畑名」の悲しい縮図でもある。ギスレーヌ・バルトのワインはおいしいが、しかし飛びぬけた強烈なメッセージを感じないのは、世界一の味わいからのヒエラルキーの恩恵を享受し得ないためだろう。ボグエやG・ルーミエのミュジニから発せられるあの強烈なメッセージを通してすべてのワインに受け継がれるある種のオーラが、ギスレーヌ・バルトにはないのである。

 しかし、ここは見方を変えてみるべきだろう。ミュジニを頂点とするシャンボール・ミュジニのヒエラルキーを意識するマクロ的な味わい方よりも、一つ一つの畑に注目するミクロ的な味わい方が、この造り手の個性をも引き出してくると思うからだ。前述の将棋になぞらえれば、金将・銀将・桂馬・香車の動きや機能、そしてその材質などに目を配れば、将棋の楽しさも深まるはずだ。飛車や角では味わえない銀将の控えめな魅力に気付こうではないか。王将の駒さえないと嘆くより、飲み手自身が王将となり、シャンボールの個性溢れる畑の個性を気にしつつ、レストランやホームパーティでその楽しさを味わえれば、飛車・角なしでも勝てる将棋の楽しさに通ずると思う。桂馬で王手飛車取りの醍醐味を味わったことのある人なら、きっと分かってくれるはずだと信じつつ、かなり強引な話の展開に書いてる本人も戸惑ったりするからすんませんである。


まとめ
 ギスレーヌ・バルトには、特級に頼らないおいしさがあり、特級を持たないコンパクトさもある。そんなドメーヌの個性を食卓に持ちこめば、ちよっとたのしい会話も弾んだりするこの頃だったりする。


末筆ながらスクープ
 ギスレーヌ・バルト女史は結婚をしていないが、子供がいる。そして法律上は配偶者ではない実質的な夫である、ボワイヨ氏が2002年ビンテージより彼女のカーブを使用してドメーヌを立ち上げた。ジュブレ・シャンベルタン村に住所を置き、醸造・熟成はシャンボール・ミュジニ村のドメーヌ・ギスレーヌ・バルトで行なっている。生産するワインはコート・ド・ボーヌ地区のヴォルネイ、ポマール、ヴォルネイ1級カイユレなどであり、2002年ビンテージのワインが、彼女のカーブの片隅でその誕生の時をゆっくりと待っているのであった。ちなみにボワイヨ氏はポマール村の名士ジャン・マルク・ボワイヨ氏の甥に当たる。まだワインになってないからと多くを語ろうとしないギスレーヌ・バルト女史の「あら、ばれちゃった。まだエチケットも何も決めてないから、詳細は今度来た時にでも話すね」といいながらの笑顔が素敵なのである。



以上

2003/06/06

 


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