ドニ・モルテ
Domaine : Denis MORTET
ドメーヌ : ドニ・モルテ
本拠地 : ジュブレ・シャンベルタン村
看板ワイン : 特級シャンベルタンなど
特徴 : モダンスタイルのトップスター
思い入れ : 筆者超お気に入りドメーヌ
ドニ・モルテ

はじめに
 ドニ・モルテは多忙を極める男である。「ジュブレ・シャンベルタンを」、ではなく「ブルゴーニュを」代表するトップ・スター・ヴィニュロンとして常に畑仕事を優先し、最高のテロワールの表現者として、その漲るパワーのすべてを葡萄とワインに注ぎ込んでいるからである。事実、彼とのアポイントは困難を極めた。日中のほとんどを畑とカーブで過ごし、マーケティングやジャーナリズムには関心を示さないためだ。電話口でこちらが要件を告げる前に返ってくる答えはいつも「NON」だった。しかし、私は「愛しのドニー」を標榜する男である。ドニ・モルテ本人と会わずして、ジョブレ・シャンベタルンがなんたるかを語るべきではないと考え、およそ一年がかりで根気よく交渉した結果、ようやく「例外」と「特別」を念押しされた上で訪問の許しがおりたのだった。


ドニーへの疑問
 ドニ・モルテを訪問するに当たり、疑問点を整理した。彼はテロワールを尊重し、それを表現する男として有名である。ジュブレ・シャンベルタンの村名畑指定ワインを5つも持ち、1級畑名で2つのワインをリリースしているからだ。しかし、ジュブレ・シャンベタルンとジュブレ・シャンベルタン1級いう畑名をつけないワインも同時にリリースしているところが第一の疑問だった。細部のテロワールにこだわる男が、なぜにジュブレ・シャンベルタンという大きな村名アペラシオンでのリリースを許しているのか。その答えは本人から聞くしかなかった。そして第二にブルゴーニュ・ブランについてである。3年前に試飲した1996年ビンテージの衝撃が当サイトのWINE DRINKING REPORTの連載開始の原動力になったことは有名であるが(どこで?)、その時の感動を本人に伝えるとともに、その畑の場所を知りたくなっていたのだ。そして一部で噂されていた特級シャルム・シャンベルタンのリリース云々についての真相を確かめたかった。またすべてのアペラシオンのワインを水平にテイスティングするためには、彼の元を訪ねるよりほか手立てが無いという事情もあったりした。いずれにしても一年越しの悲願達成に、心が弾まないはずはなかった。


ドニーからの答え
 まず第一の疑問の答えは意外に簡単だった。ジュブレ・シャンベルタンという村名ワインは、個別の畑名でリリースするワインのあまりをブレンドしているのではなく、村内に点在する畑のワインをブレンドしていた。畑の数は10。10の小区画の畑は、それぞれがあまりにも小さいために、個別に醸造することが難しく、やむを得ずブレンドしてリリースしているということだ。確かに数的には35樽もあり、決して少ない数ではないが、それを仮に10で割っても3.5樽分しかない。特級クロ・ド・ヴージョでさえ5樽しかないのに、この個別の分量は少なすぎると言わざるを得ないだろう。ドニ・モルテ本人が栽培と醸造に関与する限り、村名クラスという状況もかんがみ、ブレンドするしかない。ここが大規模経営ではないブルゴーニュの限界でもあり、人の顔が目に浮かぶ所以でもある。いずれにしても個別にリリースする畑を5つもち、ブレンドする畑を10も持っているとは、ドニ・モルテの行動範囲の広さもうかがい知れるというものだ。

 そして、ジュブレ・シャンベルタン1級についても同じ状況だった。醸造数7樽に対し、畑の数は4つ。この効率の悪さにブレンドを余儀なくされているのだ。4つの畑は、Petit Chapelle (プティ・シャベル)、Bel-Air (ベル・エール) 、Cherbaudes (シェルボード) 、Champonnet (シャンポネ)である。本人の列挙順

 まずは1級プティ・シャベル。ドメーヌ・ベルナール・デュガ・ピィのこれが有名であるが、畑は特級シャベル・シャンベルタンと国道74号線の間にある。つづいて1級ベル・エールは特級シャンベルタン・クロ・ド・ベズの山側と特級リュショット・シャンベルタンの南側とに隣接し、超一等地と呼んでいい場所である。1級シェルボードは特級マジ・シャンベルタンのグランクリュ街道を挟んで東側にあり、特級シャペル・シャンベルタンの北側にある。そしてシャンポネは唯一特級畑に接していないが、1級フォントニの西側にあり、ここから眺めるクロ・サン・ジャークの畑風景は絶景である。いずれにしてもドニ・モルテのジュブレ・シャンベルタン1級は特級畑に接する極上の畑から造られており、素性のよさは推して知るべしである。

 もちろん個別名でリリースされるラボー・サン・ジャークは、名手ぞろいの興味深い畑であり、ベルナール・デュガ・ピィやクロード・デュガ、そしてベルナール・モームとも比較試飲したい逸品で、偉大なる一級畑である。本人にもラボー・サン・ジャークのテロワールを理解するのに数年かかったと言わせる難しい畑ではあるが、強烈なインパクトのあるワインなので、ぜひ一本欲しいところである。

 第二の疑問点として、ブルゴーニュ・ブランの回答を得た。通常、ブルゴーニュは国道74号線の東側に広がる平地で造られているが、ドニ・モルテは全く別の場所に畑を持っていた。そこはコート・ドール県の県庁所在地ディジョンの北西部にあり、赤も白もアリゴテもここから造られているという。ジュブレ・シャンベルタンからは10余キロ離れていて、コート・ド・ニュイ地区の飛び地であり、かなり遠い場所にある。トラクターでは一時間はかかってしまうだろうし、車でも30分はかかりそうな位置にある。遠い。そこへ行くための時間と労力が、もったいなくはないか。まことに余計なお世話ながらその距離に不安も覚えたりする。そこは、DAIX (デ)と呼ばれる地区で、ディジョンの南側に広がるブルゴーニュの銘醸畑とは、異質であるように思われた。しかし、そこから生み出されるワインの味わいには驚嘆すべきものがあることも事実だ。確かに場所が場所だけに、ビンテージ毎の格差は大きいが、当たり年(たとえば1996年)などは、特級コルトン・シャルルマーニュを彷彿せんとする味わいを達成するから不思議である。そして今まで、赤とアリゴテには白ほどの感動を得られなかったのも、この場所だからと思うと妙に納得するのだった。

 そして第三の質問、特級シャルム・シャンベルタンについては、本人もびっくりするほどのガセネタであった。ガセか。その質問はしなかったことにして、試飲を開始したりした。


バス停ラボーのすぐ横の畑 バス停ラボーの横がカーブ シャンベルタン
4月23日 コンブ・ドスゥにて 4段積みのセラーにて わずか600本


テイスティング
 いよいよ憧れの本人とカーブでのテイスティングである。緊張するなという方が土台無理な話。本人も久しぶりに2002年のテイスティングをするということで、男二人が地下セラーへの階段を下りていく。フランス人は鼻が高く、テイスティングにはもってこいの鼻の形状をしているが、ドニ・モルテも鼻が凛々しく、全神経を鼻腔に集中している様子は、ワインへの強烈な愛を感じるのだった。そしてその真剣な眼差しに改めて男惚れすらするのであった。

 全体の印象としては、2002年のドニ・モルテは非常にすばらしい。ドニ・モルテは、甘い果実味を特徴とするモダンスタイル(注)として紹介されるケースも多いが、その傾向を大いに踏襲しつつ偉大なワインを造り上げている。かなり濃い目のルビー色を特徴として、黒系果実味をベースにしながら、それぞれのアペラシオンの個性を引き出しているのだ。濃縮感があり、新樽100%の樽熟成によりバニリンオークのニュアンスを含みつつ上品で骨格のしっかりしたワインに心揺さぶられたりする。ドニ・モルテ節と表現したくなる甘みを帯びた果実味が滑らかな味わいに重なり、そしてそれぞれの畑の個性が前に出てくる。これぞジュブレ・シャンベルタンのテロワールであり、その豊かな表現方法に脱帽なのである。この2002年ビンテージが日本市場に出回るのは一年後。今からその日が来るのが待ち遠しかったりする。

 注 ドメーヌをモダンスタイルとクラシックスタイルに分ける風潮もあるが、判断基準は必ずしも明確ではない。


 個々のワインについては銘柄と特徴だけを列記しておこう(試飲順)
ワイン(すべて2002年) 備考
ブルゴーニュ 畑はディジョンの北西部 DAIXにある。ジュブレからやや遠い。
マルサネ・ロンジュロワ 16樽 黒系果実がなめらか。
ジュブレ・シャンベルタン 35樽 村内の10のパーセル(小区画)をブレンド 勢いのある黒系
ジュブレ・シャンベルタン アン・モルト 10樽 モノポール 自宅兼ドメーヌの裏手に広がる
ジュブレ・シャンベルタン コンブ・ドスュ 35hl/ha バス停ラボーの前、もうひとつのセラーの横。50年古木 
ジュブレ・シャンベルタン アン・デレ 25hl/ha 65年古木 熟した果実味
ジュブレ・シャンベルタン オー・ベレ マロラクティック発酵中
ジュブレ・シャンベルタン アン・シャンVV 村名とは思えないワンランク上の味わい
ジュブレ・シャンベルタン 1級 7樽 4つの1級畑をブレンド (プティ・シャベル ベルエールなど)
ジュブレ・シャンベルタン 1級シャンポー 4樽 25hl/ha 80年古木の滑らかさ
ジュブレ・シャンベルタン 1級ラボ・サン・ジャーク 18樽 = 1ha 野性味のある豊かなボリューム感
シャンボール・ミュジニー 1級ボーブリャン ジュブレの後だけに女性的な味わいが引き立つ
特級クロ・ド・ヴージョ 5樽 畑は村に接する北東部の端っこ。
特級シャンベルタン 2樽 畑は中央部でシャンベルタンの看板があるあたり
 註  このほかにブルゴーニュの白とアリゴテとパストゥーグランをリリース
     (畑はともにDAIXにあり、赤のうち、極一部を村近くの畑とブレンドしている)


 村名のジュブレ・シャンベルタンにおいていくつもの畑別にリリースするのは、ぞれぞれにテロワールが異なるためという。粘土石灰質をベースにしながらも、粘土と石灰質と小石の割合がそれぞれ異なり、結果としてワインの味わいが異なるために、畑重視の観点から醸造は別々に行い、畑ごとにリリースしている。畑が分散しているために、毎日畑に出てその成長具合を注視する必要がある。ゆえに昼間に電話しても不在なのである。なるほど。テロワールの表現者としてのドニ・モルテがここにいた。


最後に
 テロワールを尊重し、大地の恵みを余すところなくワインとして表現する男、ドニ・モルテ。特級シャンベルタンを持つという事は、世界のトップに君臨しうる立場にあるということ。しかし、あくまでもテロワール重視にして、決して驕り高ぶることはなく、謙虚なまでにワインに対して真摯なのである。ドニ・モルテが発する緊張感は、他のドメーヌには無い類のもので、そのオーラは自ずとワインに反映するから不思議である。世界一のワインを造りうる立場にいるからこそ、ジュブレ・シャンベルタンの個性を根本から知ることが出来るのかもしれない。そして村内に二ヶ所のカーブを持ち、経営者としても、葡萄栽培者としても、醸造家としてもその才能を発揮させるパワーが言葉の端々に現れ、気持ち甲高いドニ・モルテの肉声に微笑しつつも、偉大なるヴィニュロンとして私の彼に対する尊敬の眼差しは決して消えることが無いのである。

 ドニ・モルテ。偉大な畑に天才がいる。そんな印象であり、彼との出会いもまた感激なのである。


以上

2003/05/22


補足 2006/01/30 11h00頃 醸造所前の駐車場の車中にて拳銃自殺により他界。享年50。
    無念です。心よりお悔やみ申し上げます。
 


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