Domaine |
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Comte Georges de VOGÜÉ |
ドメーヌ |
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コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ |
本拠地 |
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シャンボール・ミュジニ村 |
看板ワイン |
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特級ミュジニなど |
特徴 |
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世界の頂点に君臨するドメーヌ |
備考 |
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シャンボール・ミュジニの勇者 |
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はじめに
ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ(以下ヴォグエ)には、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ社(以下D.R.C.)と同様のオーラがある。D.R.Cがロマネ・コンティを筆頭とするヴォーヌ・ロマネの代表ならば、ヴォグエはミュジニを筆頭とするシャンボール・ミュジニの代表である。両者ともにブルゴーニュという枠を超え、世界の偉大なワイン生産者の上位に名を連ねており、世界中の憧れの的である。ヴォグエのワインを飲むという行為は、人生における最も重要な夜であるという位置づけを暗示させるとともに、至福の共有であるように思われる。レストランでヴォグエのワインがサービスされるなら、それは最高レベルのもてなしを意味し、ゲストは(ヴォグエを知る、知らないに関わらず)ワインから発せられるオーラを全身全霊で受け留めることだろう。ホストの今宵にかける思い入れが、ヴォグエのワインを通して伝えられるのである。ヴォグエのワインには、目に見えない価値観があり、ある種の緊張感があり、そして偉大なる感動の味わいがあるからである。
創業から550年以上にもわたって暖簾を守るヴォグエは一時期その評判を落としていたが、現体制になって以来、最近の躍進振りは目を見張るものがあり、それと同時にワインも高嶺の花となってしまった。今回は、幸運にも醸造長のフランソワ・ミレ氏への訪問が可能となり、高まる興奮と極度の緊張を抑えつつ、ドメーヌの門をくぐったのだった。
ヴォグエの特徴
シャンボール・ミュジニにドメーヌを構えるヴォグエを、ワイン愛好家なら知らない者はいない。ヴォグエはこの村を代表するミュジニとボンヌ・マールの二大特級畑の最大の所有者であり、ミュジニの区画から特級ミュジニ・ブランを生産しうる立場にいる唯一の生産者でもあるからだ。これに1級レザムルーズを加えたラインナップは、世界中の愛好家の垂涎の的であり、D.R.Cのウルトラ7兄弟(ロマネコンティ、ラターシュ、ロマネ・サン・ヴィヴァン、リシュブール、グランエシェゾー、エシェゾー、モンラシェ)と同じく、憧れのワインたちなのである。なぜか地元フランスの評価本「Le Classement 2003」での評価は高くないが、日本での絶大なる人気ぶりはここで触れる必要もないだろう。
ヴォグエは1450年頃まで系図を遡ることが出来、今日の名声を築き上げたのは、1925年に相続により当主となり、今もその名をドメーヌ名に掲げるコント(伯爵)・ジョルジュ・ド・ヴォグエである。そして彼の死にともない、1987年にドメーヌを相続したのが伯爵の一人娘で現当主のエリザベート・バロンヌ・ベルトラン・ド・ラドゥセットである。彼女は各部署に優れた人材を起用し、ドメーヌの発展に努めている。ここでヴォグエのスタッフと畑を整理してみよう。
<1987年以降の現体制>
ドメーヌ |
Domaine Comte Georges de VOGÜÉ |
コント・ジョルジュ・ド・ヴォグエ |
オーナー |
Elisabeth Baronne Bertrand de LADOUCETTE |
ベルトラン・ド・ラドゥセット男爵夫人 |
栽培責任者 |
Éric Bourgogne |
エリック・ブルゴーニュ氏 |
醸造責任者 |
François MILLET |
フランソワ・ミレ氏 |
販売責任者 |
Jean-Luc PÉPIN |
ジャン・リュック・ぺパン氏 |
<所有畑>
畑名 |
面積 |
特徴 |
MUSIGNY |
特級ミュジニー |
7.20ha |
小区画プティミュジニの全部を含む全体の7割を所有
古木をミュジニーVVとしてリリース
若木はシャンボール・ミュジニ1級としてリリース
シャルドネ0.43haからACブルゴーニュブランをリリース |
BONNES-MARES |
特級ボンヌ・マール |
2.70ha |
シャンボール側の大区画 1/5を所有 (モレ側除く) |
Les Amoureuses |
1級レザムルーズ |
0.56ha |
ミュジニに接し、区画の南端 |
Les Baudes |
1級レ・ボード |
0.34ha |
ブレンドして村名格としてリリース |
Les Fuées |
1級レ・フュエ |
Les Porlottes |
村名レ・ポルロット |
1.80ha |
参照 ドメーヌでもらった資料とミレ氏からの説明
所有畑の特徴
まずは、特級ミュジニ。この特級は3つのパーセルから構成されていて、それはつまり北からレ・ミュジニ、プティ・ミュジニ、ラ・コンブ・ドルボーである。ヴォグエはこのうちプティ・ミュジニの区画を単独所有していて、レ・ミュジニの区画とあわせ、ミュジニ全体の70%を所有するという大ドメーヌである。7.2haもの地所を持つために、常に安定供給も図られ、世界の豪勢な食卓を彩ることにもなる。しかしミュジニの面積自体(3区画合計10.7ha)がロマネ・コンティの1.8ha、ラ・ターシュの6haに比べて広く、市場価格は両者を上回ることはない。これは需要と供給のバランスによるところであるが、それでも、意に反し最近の高騰ぶりは庶民には悲しげである。そして余談ながらルロワやG・ルーミエのミュジニがラ・ターシュを上回る価格で取引されるのは、高品質もさることながら600本以下という希少価値ゆえである。
ヴォグエはミュジニの畑から3つのワインを造り出している。世界に誇る辛口赤ワイン筆頭格のミュジニVVと、若木から造られ、ミュジニを名乗らず格下げ(デクラセ)されるシャンボール・ミュジニ1級、そして2区画のシャルドネから造られるACブルゴーニュ・ブランである。このうちACブルゴーニュ・ブランはAOC法上は特級ミュジニ・ブランの構成要件(注1)を満たしているものの、ヴォグエ自身の判断により特級を名乗らず、格下のACブルゴーニュを名乗るに留まっている(注2)。これは区画内にて改植されたシャルドネの樹齢がまだ若く、ヴォグエの定める特級の基準に合わないためであるが、樹齢を重ねることにより品質が向上され、特級に再昇格する日も近いことだろう。ミレ氏にその来るべき年を尋ねたが、にっこりと微笑を浮かべるに留まっていた。物静かな男の背中は追求の手を遮る魔力をも持っているのである。そしてミュジニの区画にありながら若木ゆえにデクラセされるシャンボール・ミュジニ1級こそが、特級ミュジニの高品質を裏付ける証でもあろう。品質最重視の姿勢にミレ氏のこだわりが伺えるのだ。
つづいて特級ボンヌ・マール。シャンボール・ミュジニの市街地側を所有していて、畑は分散されておらず、一箇所に固まっている。畑にはボグエの看板があるので、見た目にも分かりやすい。このボンヌ・マールはボグエのシャンボール・ミュジニのラインナップとしては異質な特徴があり、そこらへんについては下記のミレ氏の言葉を借りることにしよう。
シャンボール・ミュジニ1級レザムルーズもボグエを代表するワインであり、AOC法上は1級ながら、ミレ氏はここを特級畑として敬意を持って扱っている。面積自体は0.56haと小さいので、数も少ないが注目のワインであることには違いはない。しかし、ここで気になることがある。ボグエはその所有する畑に独自の看板を設置しているが、ここレザムルーズにはその看板はなく、石垣に手書きで殴り書きされているだけなのである。これはボグエ自身が記入したものなのか、それとも旅行者が書き残したものなのか、はなはだ疑問は残るが、ここに座ってお昼ごはんを食べるのも悪くないので、まあよしとしよう。
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真贋や如何に
1989 Domaine de VOGÜÉ Les Amoureuses と書いてある。
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そして、ヴォグエが造る村名シャンボール・ミュジニも注目に値する。なぜならば、この村名ワインには、ボードとフュエというふたつの銘醸1級ワインがブレンドされているからだ。1級の合計が0.34haと小さいために、それぞれの畑名での醸造は見合わせて、村名畑とブレンドしてリリースしているというが、天下にその名を知らしめるボグエの高級ブランド政策の一幕を見るようで面白くもある。ヴォグエは、ブルゴーニュを代表する三つの畑、ミュジニ、ボンヌ・マールそしてレザムルーズで勝負するかのようでである。ブランドは作られる、そんな感じではなかろうか。
注1 アルコール度数12%以上14.5%以下 最大収穫量40hl/ha = モンラッシェやコルトン・シャルルマーニュと同じ基準
(ちなみに赤は11.5%以上14.5%以下 35hl/ha)
注2 シャンボール・ミュジニには白ワインの村名アペラシオン(1級含む)がないための処置。
醸造責任者 フランソワ・ミレ氏
今回の訪問では、醸造担当のフランソワ・ミレ氏に相手をして頂いた。かつてヴォグエを訪問した友人によれば、彼との会話は極度の緊張を覚えるとのこと。担当以外の無駄話は一切せず、黙々と仕事をこなす姿にオーラを感じざるを得なかったとのことだ。なるほど、私もご多分に漏れず、訪問前から極度の緊張を経験し、ドメーヌでのバレルテイスティングを通してその緊張は消えることはなく、そして驚異的なことだが、訪問後しばらくは背中の筋肉にその緊張感を蓄えたままの生活を余儀なくされたのだった。
世界の頂点に君臨するワインを醸造の立場から支える男、フランソワ・ミレ氏。彼の静かで理路整然とした語り口は、世界一の宿命を負う責任感に満ち、ヴォグエの官能的な味わいを造り出す拠所を見る思いもする。この男にしてこのワイン。なるほどなのである。世界一を造る男の真摯な眼差しは異国の訪問者を静かに迎え、そして、その立場に奢ることなく、一人の醸造家としてブルゴーニュワインの魅力をいとも静かに語ってくれた。
氏によれば、シャンベール・ミュジニの特徴は家族に例えると理解が早いという。特級ミュジニを父とし、1級レザムルーズを母に例える。そして特級ボンヌ・マールを除く、他の畑(1級畑と村名畑)を家族の一員とみなす。そうすれば、シャンボール・ミュジニの特徴を的確に理解できるという。家族に例えることで、そのテロワールを享受でき、そして何よりこの二本の柱の存在がこの村をいかに特徴付けるかが分かるのである。特別扱いするボンヌ・マールはこの家族の一員として含めるのではなく、別個の存在として認識するとその特徴を理解しやすいという。たしかにボンヌ・マールの個性はシャンボールの枠からは理解しにくく、モレ・サン・ドニ的なニュアンスを感じることからも氏の説明に納得なのである。
氏は続ける。月の周期とワイン造り、ワインの味わいとの関係を、である。月の満ち欠けが及ぼす味わいの差を語る人間は多い。しかし体験的に今ひとつ納得しづらい部分も多く、誰かしらのなにか説教じみた説明には閉口する部分も多かった。しかしヴォグエの醸造責任者の弁には非常に説得力がある。今後は月の満ち欠けも意識すると、よりワインの魅力に近づけるのだろうが、ワインを取り巻く環境は「月」以外の要素も多く、今後の実践において氏の説明を参考にしたかったりもする。そして月の周期との関係については、別途まとめてみたい。
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醸造長のフランソワ・ミレ氏 |
ミュジニの畑とレンタカー
Phote by Mme R. Watanabe |
大看板 ミュジニ |
テイスティング
2002年のバレルテイスティングは困難だった。マロラクティック発酵の途中などにより、正確な味わいを知ることが困難なためである。それでもシャンボール・ミュジニ村名から、レザムルーズ、ボンヌ・マール、ミュジニへと続くバレルテイスティングにはヴォグエ節を感じ、今後の熟成を静かに見守りたかったりもする。ここでは2001年の瓶詰め直前のミュジニを紹介してみよう。
ミュジニVV 2001
深く、濃いルビー色で、カーブの弱々しい光を受けてなお、かくも美しいのである。スミレの香りに甘草が上品に混ざり合い、ジャム状の濃縮感のある黒系果実と赤系果実がエレガントに香ってくる。口に含めば、リッチなボリューム感と類稀な奥行き感があり、そして極めてエレガント。味わいは赤系果実がベースのような印象を受ける。このうまみ成分の塊は、途中でほき出すことをためらわさせるに余りある。瓶熟を待たずにここまでおいしいか。背筋に緊張感が走りつつ、鳥肌もたつ。この鳥肌はカーブの室温11℃のためではなく、ワインのパワーからですよと氏に伝えると、その表情に笑みもこぼれるのだった。
まとめ
常に世界一のワインを期待され、それを実現するヴォグエ。今回はその醸造責任者であるフランソワ・ミレ氏との小一時間の面会とテイスティングであったが、その無駄のない語り口と、重みのある言葉の端々からも世界一の重責をまっとうする男のオーラを、極度の緊張感とともに体験することが出来た。世界一であることの重みとすばらしさは、この男の背中が何よりも物語っていたことを記しつつ、醸造に関する記事を書いていないことを知りつつも、今回はこの辺で筆をおいてみよう。
以上
2003/06/12
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