ブルゴーニュを歩こう

 ブルゴーニュは面白い。世界二大名醸ワイン産地のひとつであるブルゴーニュを歩くことは、ハイキングとも少し違い自然の恵みを肌で感じ得る貴重な経験である。ワインを知るとなぜかその畑が見たくなる。別に畑にワインが埋まっているわけではないが、写真や地図からでは計り知れない魅力が、そこにある。特にブルゴーニュは細分化された畑と黄金の斜面。ボルドーもシャトー巡りなど楽しさ一杯であるが、ブルゴーニュはただその斜面に立つだけで途方もない宇宙を実感してしまうのだ。ブルゴーニュはいい。ワインもいいし、斜面もいい。地球の奇跡とも言うべき一筋の葡萄畑を歩きたい。葡萄の木を直接この目で見てみたい。地面をこの足で踏みしめたい。そこで働く人々と語らいたい。ワインも飲みたい。お菓子もおいしそう。名物エスカルゴも食べたい。素敵な出会いにも期待したい。ううう。ここはひとつ行くしかないだろう。
 そんなわけで今回自分の体験談をもとにブルゴーニュを歩く旅を紹介してみよう。


<フランスへの行き方>
 断然お奨めは、エールフランスである。友人が働いているという贔屓目もあるが、成田から出発する場合は非常に便利である。夜の21:55発で13時間のフライトの後パリには翌朝4:30に着く。機内で眠れれば、時差ぼけをすることもなく、その日をマル一日楽しむことが出来る。フランスの夏時間は7時間の時差があり、つまり日本の7時間後。パリ4:30ということは日本は11:30ということで、お昼に着いたのにまだ早朝だという感覚だ。ついたその日は妙に一日が長い。
 ただ注意点もある。まず成田。夜も9時を過ぎると売店もほとんど閉まっている。ゴールデンウィークということで人々がごった返しているかと思いきや、閑散としていて誰もいない。人気のない空港は深夜の学校みたいでなんかぞくぞくするぞ。唯一銀行が開いているが、レートが非常悪く(1F=16円が相場のところで20円近くする)、ここでは両替したくない。しかしパリに着くのは朝5時まえだ。パリの銀行も開いていないし、到着が土日だと一日中開いていない。しかたがないのでお小遣い程度の額を両替するか、前もって準備したほうがよさそうだ。それなりの店ではカードが使えるので、ほんとうに数千円程度でいいと思う。ちなみに保険会社のカウンターももちろん閉まっているので、海外旅行傷害保険も入れない。万が一を考えるなら、保険も事前に準備しよう。コンビニ系のお店も閉まっているので、髭剃りや歯ブラシなども買えずじまいになりかねない。どうやら私のように直前まで飯田橋東口の肴の美味い居酒屋で日本酒ひっかけて、京成電車に慌てて乗り込んで、ぎりぎりに到着してはいけないようである。
 ところで話はそれるが日暮里でJRから京成電鉄に乗り換えるとき、窓口のお兄さん方はなんであんなに態度が悪いのだろう。JRの切符を出して成田までの切符を買おうとしても、さも面倒くさそうにしている。空港に行き慣れないものとして、京成ライナーが速いのか、次の急行のほうが早く着くのか分からない。しかも成田といえば空港というイメージが強いので、成田空港までと言い直さないと正規の切符も出てこない。なんかいつ応対されても不機嫌になるので、注意しよう。私見によれば首都圏で最も接客態度がなっていないと思うのだった。シャルル・ド・ゴール空港の入国審査官には負けるけど。


<ブルゴーニュへの行き方>
 ブルゴーニュの玄関口ディジョンはパリからTGV(フランス新幹線)で1時間40分ほどの距離にあり、東京-名古屋間のような感覚である。パリにはパリ駅はなく、ディジョン行き電車はリヨン駅(Gare de Lyon)に向かうことになる。パリからフランス各地に出かけるときは始発駅が異なるので、チェックが必要だ。大きな駅には案内所もあるので、目的地を伝えれば始発駅を教えてくれるので、そんなに構えることもないだろう。
 リヨン駅にはパリ・シャルルドゴール2空港からの場合エールフランスのシャトルバス(75F)がリヨン駅まで走っているし、SNCF(国鉄)ならば北駅(Gare du Nord)などでメトロ(地下鉄)に乗り換えてリヨンに向かうことになる。SNCFとメトロはつながっているので同一料金(49F)で行ける。空港から市内まで小一時間といったところで成田に比べると相当交通の便もいい。ただ早朝は電車しか動いていないので、バスに乗るなら一時間以上どこかで休憩が必要だ。旅を急ぐなら電車でいこう。ただし電車もまだ窓口は開いていない。機械で切符を買うことになるが、フランス語表記なので気ばかり焦ってなかなかゲットできない。しかもコイン対応のみで紙幣は使えない。カードは使えるが一発では操作できないようで、何度か試行錯誤が必要だった。地べたで寝ている人を避けながら、分かりそうな人をつかまえるか、窓口が開くのを少し待とう。5時過ぎには開いていたので、バスよりは待たずに乗れそうだ。つくづく日本の切符販売機の能力に感心するのだった。

 ちなみにブルゴーニュも歩きたいがオペラも鑑賞したいという人には、メトロのバスティーユで降りてみよう。新オペラ座の玄関には公演の予定表と席の残り情報が張られている。パリではオペラは毎日やっていない。月に何日かの公演しかないので、ここでチェックしてあとで予約を入れるのも悪くない。バスティーユからリヨン駅までは一直線、徒歩でも10分程度の道のりだ。飛行機内で凝り固まった身体をほぐすためにも少し歩いてみたくなる。パリは犬のうんこが多いので、憧れのパリの景色を見るより地べたを見ながら歩いてみよう。

 リヨン駅は東横線の渋谷駅を大きくした感じで、所謂どん詰まり形式の駅である。TGVは全席予約が必要なので、みどりの窓口?に並ぶ必要がある。フランス語が基本であるが、英語も通じるし、というかフランス語で話し掛けても聞き直すと英語になってしまう。目的地をディジョンと告げ、TGVで補足すれば難なく買える。なぜか歳を聞いてくることもあるので、少しさば読める余裕が欲しいところである。
 席はファーストクラスとセカンドクラスがあるが、自分の身なり相応のクラスにしてくれるから不思議だ。セカンドクラスでも悠々快適であるから、ファーストクラスに乗らなくてもいいと思う。セカンドクラスは庶民の味方。自然と隣に座った女性とも仲良くなれたらいいぞ。ただセカンドクラスは20両編成くらいある長い電車の先頭まで歩かなくてはいけないのが難儀である。貧乏は体力が必要なのだ。それから電車に乗る前にはコンポステ(Composter)という作業が必要だ。日本では自動改札にいれて切符に小さな穴を入れるようなものだ。日本の場合は改札に切符を入れないと構内には入れないが、フランスはホームの端っこにオレンジ色のちゃちな装置があるだけなので、コンポステしなくても電車に乗れてしまう。ここで切符に穴をあけておかないと罰金の対象になるので注意しようとガイドブックに書いてある。
 ただ実際にはコンポステを忘れていても日本人ならしょうがないやという雰囲気もあるようだ。電車が動き出してまもなくすると、フランス語・英語・ドイツ語・イタリア語につづいて日本語のアナウンスもある。停車駅の案内と搭乗感謝の言葉である。ややたどたどしいが、日本語そのものである。日本語はポピュラーな言語なのである。じきに車内を車掌が改札に回ってくる。コンポステをしていれば挨拶程度のフランス語しか話さないが、コンポステをしていないとやや状況が変ってくる。車掌の言葉が日本語になってしまうのだ。私の隣にいた日本の青年はコンポステ制度を知らないようで、切符に穴がないようだった。私は罰金取られるのかなと心配するでもなく見ていた。
 「こんにちは。日本からですね」
 かなりうまい日本語である。愛想笑いで答える青年。本当なら罰金だけど日本人ならしょうがないかという哀れんだ視線とは相反し車掌の顔は笑っている。鬼ごっこで見つかっても、あんまり相手にされないオミソのような感覚は私は嫌いだ。しばらく日本語で会話する二人を眺めながら、フランスの田園風景に目をそらそう。


<ディジョンにて>
 TGVで快適な旅を楽しむことしばし。車窓からは田園風景が爽やかである。最初の停車駅がディジョンなので寝過ごさない限りは降りる駅を間違えることもないだろう。ディジョン駅にはトイレもあるが、大きいほうは有料なので貧乏ならば電車内のトイレで用は済ませておこう。ここのトイレには苦い思い出があるので話を先に進めよう。

 ディジョン駅からバス停を横切って2,3分歩いたところに観光案内所がある。ここで情報を集めるのもいいが、日曜日などはやっていないので結構ショックだったりする。ホテルやレンタサイクルなどの情報が手に入るようだが、畑の情報はほとんど入手できないだろう。前回の旅の経験からして世界最高峰のワインは庶民にはあまり縁がないのだから。観光案内所も休みでは致し方ない。再び駅に戻ってバスの時刻表をみたりして今後の計画を練ることになるが、休日のバスの本数は想像以上に少ない。今回も夕方に2,3本ある程度でバス停には人っ子一人いない状態であった。やばい。バスがなくレンタルサイクル屋サンの場所もわからない。駅売店のマダムやムッシュに道を尋ねても大方レンタルサイクルの店の場所なんて誰も知らないだろう。第一、地元の人は借りないだろうから、まあ当然といえば当然かもしれない。電車でニュイ・サン・ジョルジュやボーヌまで行く手もあるが、ここはジュブレ・シャンベルタンから攻めたくなるのは世の常だ。ただ電車なら午前のうちに上記二箇所にはいける。電車も悪くないかもしれないが、一つだけ注意が必要である。それはニュイ・サン・ジョルジュ駅・ボーヌ駅とも駅前には何もないということだ。特にニュイ・サン・ジョルジュは村のはずれにあり、地元の高校生が地べたにたむろっているのが関の山である。例えるならば、千葉県富津岬に電車で行くのと同じ感覚である。内房線の青堀駅には何もない。バス停と銀行と交番と遠くにコンビニがあるだけで、電車も一時間に一本しかない。15:00代には電車は一本もないぞ。どういうことだい。そんな状況に輪をかけたのがニュイ・サン・ジョルジュ駅である。旅の始まりとしてはやや寂しいかな。

 とにかく北から順に畑を巡りたかったので、私は歩くことにした。事前の情報に寄れば駅から歩いて国道74号線に出てすぐの交差点近くにレンタルサイクル屋があるはずだった。事前情報を信じて、私は歩きだした。しかし交差点にはそれらしき店はなく、もう少し歩いてみた。二つ目の大きな交差点に沿って右に歩いていると、レンタルサイクル屋があった。ふう。さて、ここから旅が始まるのだと自転車を借りるためのフランス語の練習などをして玄関を押す。しかしカギがかかっている。うう。ここも休みだ。フランスは休日は飲食店以外ほとんど休みになってしまうのか。こんなことで感心している場合ではない。バスも自転車も駄目だとするとタクシーかヒッチハイクしかない。貧乏旅行が沁みついている身としていきなりタクシーには乗れないだろう。交通量の少ない国道に流しのタクシーを見つけるのも容易ではない。駅に戻れば大丈夫だろうが、ここまで歩いてきて、戻るのも生き方の問題にかかわる。コート・ド・ニュイ地区の玄関口はマルサネ。ルイ・ジャド社に買収された名門クレール・ダユのマルサネ・ロゼやあのドメーヌ・ドニ・モルテのマルサネ・ロンジュロワなど見ておきたい畑もある。そのマルサネまでは10kmもなかったはずだ。歩けないこともない。BEAUNEボーヌ行き緑の看板を頼りに国道74号線をただ南下するだけなので、ここはひとつ歩いてみよう。ヒッチハイクの手もあるが、疲れたら右手を上げればいいだろう。

 国道はバスもなければ、車も少ない。アスファルトで舗装された片側二車線の国道は歩きやすい。バス停も10分から15分間隔にあり、どこまで歩いたかの目安にもなる。飛行機とTGVでは全く動かなかったので、いい気分転換にもなった。あるバス停で時刻表を眺めていると一台の車が止まった。フランス人の青年二人が私に道を聞いてきたのだ。どこか遠い町からやってきたようで彼らは一枚のパンフレットを私に示しながら流暢なフランス語で道行く異邦人に道を尋ねてきた。どうやらこの近くで自動車のモーターかレースがあるらしく、その場所を聞いてきたのだ。そんなもん知らないよ。しかしこんな出会いも旅の醍醐味。さも地元民だよというような素振りでパンフの中身を見るが、知らない地名が書いてある。このあたりは詳しいけれど生憎そこは知らないな。そんなやり取りをしたつもりだったが、彼らは知らないならいいやという感じで立ち去ろうとした。おっとと。ちょっと待ってくれ。せっかく出会えたんだ。マルサネまでドライブしようよ。そんなフランス語を言ったつもりだったが、彼らはマルサネもジュブレ・シャンベルタンもボーヌも知らなかった。知らないならいいや。とりあえずまっすぐ走ってみるよという言葉を挨拶代わりに彼らは去ってしまった。

 まだ歩き出して間もないのだ。こんなところでヒッチハイクしてどうする。あっけない出会いと別れにこれからの出会いの予感を感じたりしながら、私は再び歩き出した。

 結論から言えばディジョンからマルサネまでは歩くべきではない。日本国内でほとんど歩かない生活をしている者には、二時間の徒歩はきつい。かなりキツイ。歩道の砂利は歩きにくさを倍増し、車道のアスファルトは少しでもはみ出すと後ろからクラクションを鳴らされる。車道の白線は命の境目。少しでも内側に入るものならトラックに轢かれても文句は言えなさそうだ。日曜日の交通量は少ないが、かといってゼロではない。国道を避けて早く畑を歩きたいが、まだまだ市街地は当分続くのだった。ところで車道を歩く場合、どちら側を歩けばよいのだろう。車道は日本とは逆の右側通行。進行方向に向かって右側が車の車線になる。車と同一車線に歩くと後ろ側から抜かれるわけで、逆側を歩けば常に車と正面衝突の可能性がある。どちらを歩けばいいのだろう。市街地周辺は歩道もあり、そんなに悩むこともないが、そのうち片側一車線でしかも歩道はなくなってしまうのだ。
 個人的には車と同一方向に進むほうが危なくないように思われる。運転手からも歩道を歩く姿は遠方から確認出るはずだし、こっちが車道にはみ出していれば警告を発しながら徐行してくれそうだからだ。しかもヒッチハイクするのにも反対側に渡らずに済む。更に言えばブルゴーニュの銘醸畑はディジョンから南に向かって全て国道の右側にある。右側こそ黄金の斜面なのだ。ここまで来て、車道越しに見てどうするんだという思いは、決定的な要因でもある。ともかく法的にはどちらを歩けばいいのだろう。次回までの宿題としておこう。ついでに日本はどうなのかな。

つづく


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