ボルドー1998 | |||||||||||||||||||||||
試飲日 2001年8月26日 | |||||||||||||||||||||||
<始めに> 今回のボルドー超豪華スペシャル水平テイスティングは、シャトー・ディケム1991を含む5本セットの発売を記念して実施された。全品シャトー蔵出しであり、初期熟成を各シャトーのセラーで過ごした逸品である。ちなみに2001年夏現在、日本市場で出回っているボルドー格付け一級シャトーワインのすべてがプリムールであるという。プリムールについては別の機会にレポートしてみたいが、ここは本題を急ごう。 雑誌等でよく企画されている水平テイスティングを自分で経験できた幸運と、有名ワインコメンテーターがつける点数の違いを、自分の舌で確かめる絶好の機会だった。試飲は、その点数が低い順に行われた。点数は次の通り。ところで周知のとおりメドックの一級シャトーはもうひとつある。グラーブのシャトー・オー・ブリオンである。なぜ今回のセットに含まれなかったのは不思議であるが、まあよしとしよう。 シャトー・マルゴー・・・・・・・・・・・・・92-94点 シャトー・ラトゥール・・・・・・・・・・・・94点 シャトー・ムートン・ロートシルト・・・96-98点 シャトー・ラフィット・ロートシルト・・・98-100点 <シャトー・マルゴー> エッジに紫を配した黒に近い濃い茶色含みの赤。この濃さはブルゴーニュに慣れていると違和感を覚えるが、確かにこれがボルドーレッドである。深みのある濃い色合いにワインのひとつの頂点を極めるシャトー・マルゴーの気品を感じることも出来る。 5大シャトーの中で「最も繊細で柔らかい」との評価があるシャトー・マルゴーにして、その閉じた味わいにはまだ柔らか味は感じられなかった。特にINAOグラスでは、まとまり感に欠け、辛いだけに終ってしまっていた。なるほど。ワイングラスをぐるぐる回す人たちの気持ちが初めて分かった。回せば角がとれて香りが立つかもしれないと、ぐるぐる回してみた。余り変わらなかった。 そこで大きなボルドーグラスに入れてみる。ボルドーは大きなグラスで飲むべし。グラスの大きさに寄り添うように、その味わいはやさしさを帯びていた。さらにムートングラスと呼ばれるシャトー・ムートン・ロートシルト専用グラスで頂けば、バランスも瞬く間に良くなり、偉大なワインになってきた。グラスによってこれほど味わいを変えてしまうのが不思議である。 <シャトー・ラトゥール> エッジには紫はなく、それ以外はマルゴーと同じような色彩である。INAOグラスに注がれたラトゥールは辛さが奥に隠れ、丸みを帯びている。なるほど2点の差をはっきりと認識することができる。うまい。濃くって強いワインであり、飲みこんだ後に残るアフターテイストもいい感じに長い。ボルドーグラスではさらにまろやかな味わいになり、いまでも十分に堪能できる。 <シャトー・ムートン・ロートシルト> INAOグラスでは水と葡萄に分かれてしまったかのような印象を受ける。バラバラでまとまりがないワインである。このままではムートンの栄光に影を及ぼしかねないので、ボルドーグラスに移し変えた。ほっ。うまくなった。温かみのある土壌香も現われ、かすかなカレー香も感じることが出来た。グラスが大きいとワインが丸くなり、その分おいしさを感じうるのだろう。まだまだこれからが楽しみなワインである。 <シャトー・ラフィット・ロートシルト> 今回のワインの中で最もうまいワインである。紫はなく、真っ黒に近いボルドーレッドである。一説によるとプリムールのラフィットは赤い色合いをしているそうで、この黒が初期熟成の大切さを暗示しているのだろうか。正確な比較をするならばプリムール版も飲むべきだろうが、予算の関係が影響しているため、どこかでご縁があったら楽しみたいところである。 ボルドーグラスで口に含むと、丸みを帯びているが、しっかり辛口に仕上がっている。より力強さを感じ、パワフルワインの代表格である。というよりもこの味がボルドーのトップに君臨するのかと実感するところである。力強いのに、それでいてとてもエレガント。飲み干した後に充満するのはミルキーな余韻である。これからが楽しみな逸品である。 某氏によれば、こんなに若いうちから、ラフィットがおいしく飲めてはいかんと言う。グラスの魔力により、ラフィットは何十年単位の熟成を待たずに楽しめる。これが今の流行であり、ラフィットをして時の流れに逆らえないところが至極残念でもあり、今から十分楽しめる悦びにも包まれたりする。 <まとめ> ボルドーの銘醸ワインは20年は熟成させたい。そして大きな専用グラスで堪能したい。なるほどその意見には一利ある。しかし若い頃の味わいを知らずして、そのワインを熟成させても意味はない。けだし比較対象が存在しないからである。今回の貴重なテイスティングのおかげで、今からでもボルドーは十分堪能できることを知った。INAOグラスではボルドーの潜在能力を引き出せないことも知った。 最終的には飲み手の力量如何によってワインのおいしさが変わってしまう現実を垣間見るとき、一度は今回のような飲み比べをするのも悪くないだろう。ただ格付け一級ワインはとても高額なためそうやすやすと出来ないし、同じ予算でブルゴーニュの銘醸が数本買えたりする今日では、なかなか実現は難しい。ブルゴーニュの繊細さを知ってしまうと、ボルドーの濃さは少し辛くもなる。しかし、ボルドーはボルドーの立場があり、それを理解してこそワインをおいしく頂けるはずだと信じていたりする。 ボルドーはもう少し掘り下げて考えてみたいが、今宵は少し早めに筆を置こう。 おまけ ボルドーワインと男と女 以上 |