ドメーヌ・ルロワ1
試飲日 2001年10月6日
場 所    神奈川県内某所
照 明 蛍光灯
種 類 フランス AOC赤ワイン
生産者 Domaine LEROY  (Vosne-Romanée)    
Vintage 1998
テーマ 世界一の赤ワインを飲む悦び。
ワイン史の中で燦然と輝きつづける名品。   
そして伝説へ。。。
ワイン MUSIGNY

<ミュジニ>

 室温。秋だからこそ出来る理想的な温度。抜栓後、時間を置かずに試飲。
 いつものようにINAOグラスに注がれたミュジニは茶色見がかり黒系と赤系の混ざり合った深いルビー色をしている。これが世界一の色なのかと思いながら、鼻を近づける。すくっと立ち上がるアロマは、今まで経験したドメーヌ・ルロワ節とはやや趣をかえている。例のもわんもわんした甘い果実香はなく、静かながら確実に立ち込めている系だ。複雑な香りの中に印象的なアロマがあった。それはあたかもバナナ香とでも言いたくなる。バナナが完熟し、中心部分が茶色に熟熟しているときの、あのまさにうまい瞬間の香りに似ている。うんうん。いい。口に含めば、ビターチョコレートを彷彿とさせてくる。よくコマーシャルフィルムでとろとろに溶けたチョコレートが渦を巻きながら板の上に垂れていくシーンがあるが、まさにあの状態のまま口の中を豊かにし、喉もとを通り過ぎていく。うう。うますぎて言葉が出ない。言葉にすれば安っぽくなりそうで、ただ静かに微笑みながら身をよじらせるしかない。凝縮された味わいは濃密で濃厚、それでいて思いのほかするりとした味わいである。やさしい味わいにして、しっかりとした力強さを持ち合わせている。
 静まり返った室内はピンと一本張り詰めた旋律のまま、しばらく時が静かに流れていく。完熟バナナ香が静かに、いくつもの花の香りに取って代わられ、より複雑になっていく。

 つづいてロブマイヤーのバレリーナシリーズ・ブルゴーニュグラスに注ぐ。このグラスはミュジニのための専用グラスであるという説があり、それを信じる者として、どうしてもこのグラスを用意する必要があった。最高のワインは最高のグラスで。そして味わいの差を確かめるために、リーデルのソムリエシリーズ・ポマールグラスも同時に用意した。グラスを変えるということは、ここでテイスティングはおしまい。あとはルロワ最高傑作にして世界最高の味わいを堪能しよう。

 ロブマイヤーの繊細な口当たりは、ミュジニを丸くしてくる。さらに上品に、さらに繊細に、さらにシルキーである。香りはINAOの凝縮されたアロマとくらべると全体にふっくらした印象を受ける。グラスが大きくなった分、やさしさが充満しているという感じである。さらにうまい。やはりグラスである。リーデル・ポマールグラスの方は、ずしりと重みが増している。辛口をしっかり伝えつつ、ビターな大人の世界を堪能さてくれる。ロブマイヤーが宙にも浮かばんかの夢心地系に対し、リーデルは確実に大地を根をおろしつつ、深く柔らかい世界の虜系の味わいである。微妙な形状の違いが、繊細な味わいを堪能させてくれる。

 ロブマイヤーグラスの方も残り少なくなってきた。土壌香とまではいかないが、土を連想させる深みのある香りとミルクコーヒー系のビターなうまみが上品に混ざり合い、至福の世界の扉が全開になっている。少量を口に含めば、舌がうれしく反応し、口の中でミュジニが倍増してくるような錯覚に襲われる。舌の両サイドから唾が勢い良く飛びたし、自分の唾がこんないおいしいものかとびっくりさせられる。
 大きいグラスにして残り僅かな量の場合、普通のワインは酸化してしまい、ワインはへたるものだが、この量にしてグイグイ伸びる力強さはなんなのだろう。要らないのならもう捨てちゃうよと、そう言われそうな量しか残っていないのに、うまみ成分が凝縮され溢れ出している。あと二口でなくなる儚さとあと二口楽しめるうれしさ。こんなバランス感覚でワインを飲むのは至福である。絶妙である。余韻の塊とも言えるアフターテイスト。目には見えないが、口元周辺にしっかり広がる至福。ううううう。うー。ため息すらうまい。

 最後のしずくは全身の骨の髄に染み込む味わいだ。呼吸機能が停止し、ミュジニのエキスが脊髄に入り込む。時間よ止まれ。うっ。スペインはマドリード、プラド美術館所蔵・ベラスケスの名画「ラス・メニーナス」に見るあの「時が一瞬止まる」感覚をワインでも知ってしまった。もう離れられない。ミュジニに出会えた悦びが、全身の筋肉を硬直させつつ、エクスタシーの絶頂に到達する。官能の美。もう何も要らない。満面の笑みを浮かべる共有者とともに、世界最高の時間と空間は、各々の思いと共にしばらくの間、この星に漂っていた。

 あと10年してもう一度飲みたい。このワインの熟成を堪能したい。どうすればこのワインに再び出会えるのか。疑問と不安が錯綜する中、今、この瞬間にこの一本に出会えた悦びに浸っている。間違いなく今まで飲んだ赤ワインの中で最高である。ダントツである。世界一の評価と自分の味覚が合致した悦びも大きく、このワインがワインのひとつの基準になることも確かである。死の直前、どんなワインでも飲ませてあげると言われたら、ルロワのミュジニ1998にしようか、ラフォンのモンラシェ1997にしようか大いに悩むところである。両者とも最近飲んだばかりなので、まだ死ねない。二本のワインが熟成の頂点に立つまでは絶対死ねない。不吉ながらそんな思いに駆られたりもする。


<ルロワのミュジニ>
 マダム・ラルー・ビーズ・ルロワはワイン造りの天才であり、その才能は人類の喜びでもあり、DRCと並び賞される世界最高の造り手である。特級ミュジニはブルゴーニュを代表する辛口赤ワインであり、ヴージョのシャトー越しに浮き上がって見えるこの斜面こそ、世界最高峰の黄金の丘である。
 世界一のワインはヴォーヌ・ロマネ村のロマネ・コンティであるという評価は間違っていない。実際に飲んだことがないので、味わいは想像すら出来ないが、ロマネコンティに唯一対抗できるワインは、ラターシュではなく、このルロワのミュジニであると聞く。ただ惜しむらくは生産量が極端に少なく、ロマネコンティの1/5から1/10しか造られていないことである。そのため世間一般では表舞台に登場しない。しかしブルゴーニュを愛する者にとってこの幻のワインは一目もニ目も三目も置かれる特別な存在である。ロマネコンティは都内のあちこちで売っている。30万円でオフビンテージが買えるのだ。つまりはお金さえあればロマネコンティは飲める。しかしルロワのミュジニはエチケットを見ることすら稀である。1998年の生産数は585本。ひと樽分だ。この量ではワインの量に合わせて樽を作っているかとも思われる。世界に585本しかないのだ。毎年ソムリエ試験に合格する人の数より圧倒的に少ない。長者番付ベスト600に入っても財力にものを言わせて買うことは出来ない。それだけ貴重なワインを何故試飲できるのか、全く不思議であるが、この幸運のためには努力を惜しまない。出会えた幸運に感謝である。

 2001年8月・ルロワセラー蔵出。 Bouteille No. 60 / 585 


<おまけ> ドキュメント・ミュジニ
 2001/09/30 某店にてミュジニ入荷確認。某氏により一本確保。開催日を10/06と決定。
 2001/10/02 都内某所にてホール・ペルノ等堪能。体調万全。
 2001/10/03 夜半過ぎより風邪のひき始めの症状。洟垂れ小僧状態。
 2001/10/04 葛根湯・バファリン飲用、鼻水収まらず。ティッシュ大量消費。
 2001/10/05 栄養剤飲用、鼻水多量。缶チュウハイ半分も飲めず。不安よぎる。
 2001/10/06 06:00起床・洗濯。鼻水確認。不安募る。
 2001/10/06 11:00仕事の残務整理。鼻水微量。ドリンク剤纏め飲み。
 2001/10/06 13:00池袋某所にてロブマイヤグラス購入。鼻水停止。昼食なし。
 2001/10/06 14:00神楽坂某所にてフランス語。受講後ココアで身体温める。味覚あり。
 2001/10/06 19:10ミュジニ会場到着。人数変更確認。体調不完全ながら鼻詰まりなし。嗅覚あり。
 2001/10/06 19:40ミュジニ抜栓。快調。
 2001/10/06 20:40ミュジニ終了。ジャンリケールのサンベラン2000と共に夕食会。

 2001/10/06 23:00帰宅。

 参加者 : 某女史・某氏・某氏夫人・某氏・私。


<後日談>
 翌日。共にテイスティングした某氏と秋刀魚を炭で焼いてもらいながら、よく冷やした純米酒を飲んでいると、某氏の口からこんな言葉が聞かれた。
 「なんかこう寂しいっすよね。宴の後というんじゃなく、ちょうど目標としていた山の頂上を極め、惜しみつつも下山する途中、何度も頂上を振り返っては、もう戻ることが出来ないあの風景を思い出す。富士山のような独立系の山ではなく、8000M級の山々が連なる山脈系のブルゴーニュにあってミュジニは特別な存在かもしれない。他の山の頂上を遠くに眺めながら、その山に憧れが持てない。一度完璧に山を降りる必要がある。そして再びどこかの山を目指すべきなのだろう。ミュジニを登ったその足で他に登るべき山はない。そんなわけで、ACブルゴーニュに戻って偉大なブルゴーニュの懐の大きさを実感しよう。一度山を降りよう」
 なるほど同感である。飲み終えた後に寂しさが宿るワイン。偉大過ぎるワインにはこんな思いも募るから不思議である。他の偉大なワインとはそこが違うのか。宮崎アニメのエンディングの歌がいつも哀しいように、偉大過ぎるワインは覚めやらぬ感動と共に、言いようのない寂しさにも包まれる。


以上
 


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