Domaine de la Romanée-Conti | |||||||||||||||||||||||
試飲日 2002年02月09日 | |||||||||||||||||||||||
<1996 エシェゾー> 抜栓後30分ほど待ってリーデル・ブルゴーニュグラス(416/7)にサービスされる。久しぶりのホスト役に緊張するが、グラスから立ち込めるアロマにイチコロである。黒系果実味果実香をベースに、なんともオリエンタリックな雰囲気が醸し出されている。色合いは黒系ルビー色で、スポットライトを浴びて美しく輝いている。テーブルクロスに落ちる雫は完璧なルビー色で、これ以上の色合いを地球上で求めるのには無理がある。美しい。この色合いを引き出すために、キノシタはスポットライトの角度を調整し、テーブルクロスの白さにもこだわっているのだ。黒系果実のアロマに、湿った腐葉土、黒トリュフ、オリエンタルなスパイスが複雑に混ざり合い、なめし皮も現れる。口に含めば、上品に丸みを帯びつつ、怪しげである。歯茎を刺激するほどのタンニンがあるわけではなく、熟成がもたらす深みともやや違う。濃縮感溢れる果実味がぐいぐい押し寄せるわけでもない。なんとも不可思議な味わいである。しっかりとした辛口の味わいに旨み成分が絡み合い、煙のような角張らない奥深い構造が、重層感を醸し出している。ゆらゆら漂う余韻に言葉を失う。酸味・渋み・旨みの三者が絶妙なバランス感覚で存在し、構造的な要因を表に見せずに、それでいてまったく弱みを見せない実力に感服きわまる思いである。濡れた腐葉香が象徴するように、決して力強さは持ち合わせていないが、かといって閉じてもいない。枯れた落ち葉がしっぽり濡れたような感覚は、神秘的であり、極めてオリエンタリックな怪しさである。なんだかわからないが、どうしようもなく、うまい。これぞエシェゾー、これぞヴォーヌ・ロマネである。大きなグラスでじっくり戦うには十分な相手であり、時間が経ってもまったく動じることのない旨み成分にただただ脱帽するのみである。 今回はおまかせ料理の蝦夷鹿にあわせてみた。今週の週刊ポストでも紹介されている料理で、癖のある味をトリュフや香辛料でやさしく包みこむ定番メニューだ(注1)。キノシタのアグレッシブでパワフルなフレンチに真っ向からぶつかるのではなく、DRCエシェゾーは蝦夷鹿の少し甘いわき腹に染み込むようなうまさがあり、ふくよかな演出を指揮してくれる。華麗なる味わいである。きつめにふった塩味のスペアリブ料理にも、さらりと塩っ気を流す余裕すら見せつける。このエシェゾーは木下シェフの料理への情熱と愛情を、まったく別の視点からやさしく見守る姿に重なる。尊敬する小山薫堂氏の言葉を借りれば、まさに一食入魂(注2)であり、その精神に強く共感するものとしてこの料理とワインの組み合わせに心震わせている。それはまさに最後の晩餐へのカウントダウンに通じる迫力があり、料理とワインの極上つながりである。 ところで、ここの料理は幸運にも毎月のように楽しませて頂いているが、DRCのワインは初めてのオーダーであった。なぜ今宵オーダーしたのか。それは価格にある。この場では紹介しないが、格安である。えっ。何でそんなに安いの。1996のDRCエシェゾーを市場で買い求めるなら優にその倍はしそうな勢いである。フレンチレストランで何でその価格なのか。世界の八つ目の七不思議であるが、そこがこの店の魅力につながっている。ちなみに1993のDRCグランエシェゾーはもっと安かったが、笑顔が素敵なマダムと相談して今回のワインに決めたりした。すぐにでも次の予約を入れたかったが、しばらくは満席で、当分無理とのこと。残念であるが、あせらず次回のお楽しみは取っておきたいものである。そうはいっても来月も行ってそうではあるが・・・。 キノシタでの素敵な夕食の後は、近所のニュー・ヨーク・バーで東京の夜景とともにジャズに耳を預けて、マイブームのカルバドスを楽しんだりした。このバーも世間の不況とはまったく無縁の存在らしく、安くない価格設定の割に満席で、地下駐車場には真っ赤なフェラーリが複数止まっている。たまの贅沢もここまで極めれば、邪念もない。金額の問題ではない。食へのこだわり、魂の問題なのだから。 Bouteille No. 11428 / 18058 某正規代理店扱い パーカーズポイントは90-92点 (低すぎる点に不満あり) (注1) 料理名 = 蝦夷鹿のローストとカイユレット ポワブラードソース (週刊ポストの最終ページ 原寸大うまいもの図鑑 第四百四十三回に写真あり) (注2) 一食入魂 = dancyu に連載中の小山薫堂氏のコラム (人生の食卓を無駄にしたくないと願う男の食の奇跡) なお、今回の引用に際し、氏のご了解を頂いております。 以上 |