ドメーヌ・ド・ラ・プスドール | |||||||||||||||||||||||
試飲日 2002年3月21日 桜満開・春の嵐 | |||||||||||||||||||||||
<ポマール ジャロリエール 1995>
やや冷やして抜栓後すぐINAOグラスへ。1995年にして早くも熟成の頂点を迎えたようなガーネットを伴った深みのあるルビー色。ブラックベリーなどの黒系果実がきれいに熟していて、熟成香とあいまって非常に優雅である。目を閉じれば、あたかも湿った土の上を、小鹿がぴょんぴょん跳ねているような風景を空想し、ジビエ系の赤肉と一緒にこのワインを飲みこむ夢を見させてくれる。肉汁にソースが絡み、このポマールが喉の奥へやさしく・・・おお。いい夢だ。このポマールの動物香が夢の中で料理を運ばせて、ぐぐっと舌を湿らせる。いいね、である。 黄昏ていく果実味もまだまだ濃縮感を保ちつつ、その儚さも垣間見せている。このポマールは、ポマール的な荒々しさを持ちながらも、ドメーヌの本拠地のヴォルネイ的な、絹のような繊細さを合わせ持つ。相反する味わいを繋げるキーワードは時間だろう。抜栓後しばらくはグラスの中で落ちつかない荒々しさを露呈しつつも、時間と共にゆっくりと花開き、ぐいぐい上り坂を登っていくような力強さ。そしてその丘の頂上に咲く可憐な美しさに見惚れてしまったりする。そしてその丘から眺める風景は夕暮れ時の穏やかな日和だったりする。非常にうまい。見事なうまさだ。これぞ名門の味わいなのだろう。 試行を変えてポマールグラス(リーデル400/0)に注いでみる。残念ながら、このグラスでは間口が大きすぎ、濃縮感が失われてしまっている。絹のようななめらかさは水っぽさに取って代わられ、すべての印象に水がさされたようながっかり感だ。この意外な印象は教科書には載っていない情報だろう。1995年の偉大なポマールを専用グラスで注いではいけないなんて、なんかいい感覚だ。小ぶりのINAOグラスがこのワインの力を存分に発揮してくれるとは。これもまたワインはあけてみるまで分からない、という楽しさだろう。 恐らくはこれ以上瓶熟させても、あの丘は渡れまい。今こうして、この坂道を登る力は、2002年の今だからこそ味わえるのかもしれない。ポマールは開けるタイミングが最も難しいブルゴーニュだが、ぴったしのタイミングで開けられた悦びは、ちょっと他では体験できない類のものだろう。 <ラ・プス・ドール> ヴォルネイの名門で、看板ワインはヴォルネイ一級クロ・ド・ラ・ブースドールである。本来はドメーヌ名もブースドール(Bousse d'or)であったが、畑名をドメーヌ名にするときはその畑以外に畑を所有してはならないという法律によって改名を余儀なくされたという。BをPに替えただけの当時の抵抗意識やDRCの例外扱いなどもまた、ワインの味に一役買ったりするから面白い。 今回の1995年は、1997年秋に他界した醸造担当の天才ジェラール・ポテルの遺作ともいうべき記念碑的な名作である。かつて、ワイン造りの上でいろいろ手を入れる醸造家だった彼が、最後に清澄処理も濾過処理もしないでワインを造ったところが興味深く、そのワインを日本で楽しむ奇跡もまた一興である。 <余談> この日、関東地方では桜が平年より15日も早く満開になり、南から吹く猛烈な風が、国道134号線に砂嵐を呼び起こした。某氏の新築祝いかこつけた今宵のワイン会は、立春の日の良き思い出となることだろう。感謝。 以上 |