ドメーヌ・ギイ・カスタニエ | |||||||||||||||||||||||
試飲日 2002年3月22日 | |||||||||||||||||||||||
<はじめに> 今回はスペシャル企画です。日頃よりたいへんお世話になっている某氏と大和市のフレンチレストラン「サカモト」でおいしい食事と共に堪能させていただいた。文頭にて感謝申し上げる次第である。 <クロ・サン・ドニ 1989> 抜栓後しばらく置いてブルゴーニュ・グランクリュグラスへ(註)。ガーネットを伴った明るいルビー色。この色合いは熟成したピノ・ノワールだけが持ちうる最高ランクの薄く儚いルビー色である。そして、かなり大きいグラスからはとんでもない香りがたちあがってくる。この香りには覚えがある。シャサーニュ・モンラッシェの勇者ドメーヌ・ジャン・ノエル・ガニャールのシャサーニュ・モンラッシェ 1級レ・カイユレ(白)で感じたあの香りである。今回は赤ワインなのに、なぜ共通の香りが漂うのか至極不思議な感覚だが、確かにあの時感じたあのアロマにそっくりなのだ。イチゴのショートケーキを彷彿とさせる甘いアロマ。幼い頃、傍に誰もいないことを確認した上で、ポケットにつっこんでいた右手を取り出し、ピンと張った人差し指でクリームを一掬いしたあの感触。人差し指から漂う甘い香り。いびつな表面のショートケーキになってしまったことへの言い分けが思いつかず、我慢しきれず、いっそのことおもむろに鼻から頬ばったあのケーキ。あの日あのときのケーキにそっくりなのだ。 モレ・サン・ドニにこんな香りが秘められていたとは、うれしいぞ。口に含めば、丸い感触。何の抵抗もなくするり、と喉を通過する極上の味わいである。黒系果実の熟成感がすばらしい。かつて凝縮していたであろう果実味とそれに覆い被さるように存在していたタンニンが、ようやくお互いに心を許し合い、ふと胸元を緩めてくれたような、そんな豊かな味わいである。古酒にありがちなリキュール感は全くなく、果実味を残しながらも、違う世界の入り口を軽くノックしてくる独特の世界。酸味と旨みのバランスがこの上なく上品で、13年の時を経て、ブルゴーニュが世界筆頭のワイン産地であることを証明するに余りあるおいしさである。 そのおいしさの証明のひとつに、ホワイトアスパラガスとの相性が挙げられるだろう。歯ごたえと瑞々しさを併せ持ったホワイトアスパラが、なぜだかクロ・サン・ドニにマッチする。温かいタラバガニの料理ともマッチする。なぜなんだ。これぞグラン・クリュの余裕なのだろうか。フレッシュ野菜との組合せもばっちりで、このワインが本当に赤ワインなのか目を疑うばかりである。それだけ滑らかなのであり、シルクを思わせる食感が、アスパラガスとの異色な出会いをカバーしてしまうのだろう。そしてまた、このワインに合わせて食材と調理方法を提供するシェフの力量に感激の瞬間だったりする。 チーズをからめた春巻き風の魚料理を堪能し、スープで少し骨休め。そしてメインの肉料理が出てくる頃には、恐るべきことにクロ・サン・ドニも姿を変えてきた。時間と共にあのケーキ香はなくなり、今度はなめし皮が上品に漂っているのだ。やさしい動物香が、大人の世界を演出し、本日のメイン料理の登場を予感させる。「すっぱい」とは違う豊かな酸味が食欲をそそり、上品な味わいに仕上げられた肉との相性にもばっちしである。抜栓してから相当時間も経ち、大きなグラスに身を委ねられてもなお、全くへたることなく、ぐいぐい成長する味わい。これぞモレ・サン・ドニのグランクリュであり、これぞ熟成の頂点であり、これぞ官能の世界である。チョコレート系の甘いブーケも添えられて、豊かな時が静かに積み重なっていく。 なんだか今宵は妙に多弁になっている。この余韻をもう少し味わうために、ここらへんで筆を置くのも悪くないだろう。人生の食卓がこれほど豊かに彩られる夜は、数えるほどしかない。感謝である。 以上 (註) ワイナート2(ヴォーヌ・ロマネ特集)のP37にてインタビューに答えるアラン・グリフィス氏が手にしているグラスと同じ形状のもの 詳細調査中 |