デュジャーク | |||||||||||||||||||||||
試飲日 2004年04月11日 | |||||||||||||||||||||||
<モレサン・ドニ> 抜栓後すぐINAOグラスへ。美しくも濃いルビー色。香りはパンチ力があり、赤系果実と黒系果実が豊かに香り、スミレやバニラチックな面も覗かせる。口に含めば、しっかりとしたタンニンと絶妙な酸味が心地よく、強めのアルコール感とあいまって、モレ・サン・ドニらしいエレガントさと力強さの両方を兼ね備えた味わいである・・・・。 しかし、私はこのワインには、ときめきを感じ得なかった。それは、前夜の特級クロ・サン・ドニにも共通するが、「デュジャークらしさ」の欠如を痛感したからだ。ここに、癒し系とも比喩された往年のデュジャーク節は、ない。シルクのような口当たりと甘く切なく、油断すると涙もつたうほどのあの優しい味わいは、ここにはなかったのだ。昔の、あの淡い色合いからは想像しにくいうまみ成分の塊と、優しく滑らかな味わいはすっかり姿を消していて、デュジャークを楽しむという飲み手の期待感とは裏腹の、どことないサミシさを禁じえなかったりする。 もちろんこのワインは、おいしいワインのレベルに十二分に達していて、華やかさと力強さを兼ね備えたモレ・サン・ドニの特徴も楽しむことが出来る。おいしいブルゴーニュを探すなら、第一の候補に上げてもいいと思う。このワインは、おいしいブルゴーニュワインの典型としては、なんら不足はないのだから。 しかし、飲み手がこのワインに期待するものは、「デュジャークらしさ」のはず。教科書的にアペラシオンやビンテージの個性を知るならば、他の造り手のもっとコストパフォーマンスがよいワインを選べばいいわけで、デュジャークらしい唯一無二の味わいが存在しないのならば、デュジャークを飲む必要はなくなってしまうだろう。デュジャークから、らしさをとってしまっては、デュジャークを飲む理由は見当たらない。前夜と今宵、デュジャーク節を想像しては舌鼓を打つ私の期待は、意外にあっけらかんと裏切られてしまった・・・。もうあのデュジャーク節は、なくなってしまったのだろうか。世代交代の端境期を迎えるドメーヌ・デュジャークは、いったいどこへ行こうとしているのだろうか。その答えを見つけることは、そう遠くない将来のような気がしてならなかったりする。 以上 |