アンリ・ジャイエ
試飲日 2006年01月28日
場 所    神奈川県某所
照 明 白熱灯
種 類 フランス ブルゴーニュ地方赤ワイン
生産者 Henri JAYER (Vosne-Romanee)
Vintage 1976
テーマ 神様の領域に迫る
ワイン RICHEBOURG Grand cru

<特級リッシュブール>
 セラーから小一時間ほど前に出して、室温になじませつつ、抜栓後すぐにロブマイヤー・バレリーナ・グラスVへ。ボトルネックは幾分低めだが、30年の歳月を考えれば、妥当な線に落ち着いている。コルクは完璧な状態にあり、まだまだ相当な年月に耐えうる可能性を秘めているようだ。最も心配されたブショネはなく、均等に6つのグラスへ注ぐ。澱は細かいがしっかりと存在し、もうこれ以上は注げないと思ってボトルを戻せば、残りのワインは、INAOグラス一杯分はあるように思われた。

 抜栓直後は、かなり若々しいニュアンスを持っていて、これはセラーから出した温度が室温に馴染んでいないためかと思ったが、口に含めば適温で、30年の歳月を開く扉が開いていることに気づいてないかのような按配だ。想像したほどには薄くないが、それでもピノ・ノワール特有の薄い色合いには、まだまだ瑞々しさも感じさせ、閉じているとは違う、この硬いイメージは、古酒とは思えないほど筋肉質で、デカンタをすべきだったかと後悔しつつ、グラスでの成長をゆっくりと期待したりした。グラスは回さず、ゆっくりと時間が経過していく。そう、グラスは決して回さずに・・・。

 ふと、グラスをかげば、オリエンタリックでスパイシーな香。幾分カレー系のニュアンスが強く、隠れてお線香やシナモン、様々なキノコ類、トリュフ、極上のなめし皮、干しイチヂクなどが存在し、時間と共にそれらの主役が交代する様が驚きである。この香立ちは、きわめて複雑で、そして多様。時間の流れに身を任せれば、仏壇の裏側に通じるオリエンタリックな香の奥ゆかしさに、どうしようもないほどのいとおしさを感じ、それは日本人の心、侘び寂びにももちろん通じ、そしてなにより香しい鰹節で体感済みのお出汁の記憶に重なってくるのである。

 口に含めば、あっけないほどのおいしさ。おいしいなあ。

 このワインは、一体全体、何がすばらしいか。それは、ワインとしての持久力の長さであり、時間と共に変化する複雑にして妖艶な香立ちにあるのだろう。グラスにたっぷりと注がれたリッシュブールは、2時間以上にもわたって、そのパワーを維持し続ける。香に、ものすごいと言いたくなるほどのドラマがあり、起承転結もあり、そして秘めたる何かを持っていた。ここに、40数万円の販売価格をして、安いと思わせる魔力があり、アンリ・ジャイエが神様に喩えられる所以を思い知るのである。

 1976年という乾燥のビンテージに、神様アンリ・ジャイエは途方もないワインを造り上げていた。これは、ロブマイヤーという勇者の楯にも似た最強のグラスをもってして、ようやくたどり着ける境地であるように思わざるを得ず、この年と引き合いに出される2003年というビンテージの熟成に、一筋の光を見つけた思いもするから、楽しくなってくる。

 最後に澱だけを試してみると、ホットチョコレートの香が鼻腔をくすぐって、口に含めば、これもまた美味であった。偉大なワインは澱もまたうまいのである。そして思う。どうやらアンリ・ジャイエの世界は、悲しいことに、とても癖になる味わい・・・。次の出会いに・・・さあ。


おしまい

 


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