ワイングラスについて
 
 ワイングラスは美しい。チューリップのような流線型の透明な器とそれを支える脚線の美。その美しさはワインを注ぐ前からすでに飲み手を魅了している。今回はそのグラスにスポットを当ててみよう。 グラスの写真


<グラス選び>
 ワインは色を楽しむお酒である。葡萄品種の違いはもちろんのこと、場所の違いや年号の違いによって色合いを鮮やかに変える。そして照明器具の種類によってもその色合いは左右されやすい。色の違いを確かめるのは楽しい作業だ。微妙なワインの色はできるだけ、そのままの色を楽しみたい。ワイン本来の色を、である。その色をグラスが邪魔をしてはいけない。色付のおしゃれなグラスや、幾面にもカットされたグラスは見た目にはいいが、ワインの色を反映できないので本当にワインを楽しみたいときはやめたほうがいい。ベネチアングラスは確かに芸術品だが、ワインを楽しむためには若干趣旨がずれてしまう。そうは言っても私も過去に一度だけベネチアングラスでビールを戴いたことがある。とても優雅なひと時だった。

 ワイン用のグラスは種類が多い。専門的なものになるとシャルドネやリースリングなどの葡萄品種ごとやボルドー、ブルゴーニュ、もっと細かくシャンベルタンやポマールなどの生産地ごとに専用グラスがある。そういったグラスは高価であり専門的である。ワインのおいしさを楽しむのに必要なアイテムではあるが、そのグラスを使いこなすには相当の技術と経験が必要である。しかも割れやすいため、なかなか使いこなせない。

 そこで登場するのがINAOグラスである。このドリンキングレポートで使用しているのもこのグラスである。フランス国立全国原産地名称協会(INAO)が認定しているもので、ワインテイスティングには欠かせないグラスである。世界のコメンテーターもこのグラスを使って批評を行っている。ワインのものさし的存在である。もちろん普段の食事にも愛用できるので、とても便利である。このグラスで飲むとなんだかおいしくなるから不思議である。専門グラスより厚みがあるので、割れにくくもある。
 常に同じグラスを用いることで、ワインの評価を一定条件で保つことができる。ワインはグラスを違えるだけで味わいが変る繊細な飲み物だけに、いつも同じグラスでテイスティングすることが必要なのだ。公的機関が使用するグラスを使うことは、ワインを知る上で重要だ。批評家のコメントを自分の味覚と比べることができるからだ。形はドリンキングレポートに写真があるのでそちらを参照してください。

 また、市販のグラスを使う場合はチューリップ型が好ましい。開口部が広がっているグラスは香を閉じ込められないので、やめたほうがいいし、厚ぼったいグラスも口当たりを悪くするので避けたほうがいい。せっかくのおいしいワインを安いグラスで飲むことは世界で一番もったいない行為と思う。おいしいワインはグラスにも気を使おう。


<グラスの持ち方>
 茶道の作法にはそれぞれ意味があるように、グラスの持ち方にも意味がある。ワインは温度に敏感である。ワインごとに飲みごろの温度がある。適温を外すと単なる色のついた酒になりかねない。いい温度を保つためには、持ち方にも気を使ったほうがいい。
 まず人間の手は36度以上ある。ワインがその温度になるとまずくて飲めない。手が触れないようにワイングラスには脚がある。その脚のできるだけ下を持てば、手の温度は伝わり難くなるし、その仕草はとてもエレガントである。
 チューリップの部分をブランデーグラスのように、手のひらでべったり持つと温度も上がるし、指紋もつく。人間の手の油がグラスを汚らしくするし、何と言っても見た目が悪い。箸の持ち方がへたくそな人と食事をすると、御飯まで不味くなるのと同じである。すべては美味しくあるために。より美しく、よりおいしくである。

 昨今のワインブームの影響からかグラスの底を指でつまんで持つ人もいるが、あの持ち方も食事中には失礼に当たる。立席パーティーやテイスティングなどの例外はあるが、食事中にあれをやられると、ワイン通を気取っているヤナ奴に成り下がるので、教養ある人はやめたほうがいい。


<乾杯>
 お酒に乾杯はつきものだ。もちろんワインを飲むときも乾杯して大いに盛上りたい。特にシャンパーニュでの乾杯はお祝いやら、門出やら、とても大切な瞬間だ。ただしワイングラスはとても割れやすいので、グラスをぶつけ合うのはやめたほうがいい。せっかくの乾杯が、グラスが割れただけで気まずい雰囲気に・・・。グラスは割らないようにしよう。ワインでの乾杯はグラスを持ち上げるだけで、十分格好いい。


<グラスは回転させない>
 ワインが注がれると、みな一様にワイングラスをグルングルン回すがあれもやめて欲しい。せっかくのワインが台無しだからだ。理由はいくつもある。
 まず第一に味が損なわれる。グラスを回すと香は強調されるが、回した分だけ酸化が進むし、酸化させた分だけ確実に不味くなる。ワインは酒であり、そのメインは味である。故意に酸化させたワインはすっぱくなり、うまみ成分を消滅させてしまう。ワインは長い年月をかけて静かに待っていた。縁あって私のもとにやってきてくれたのに、直前にぐるぐる波風立てては、うまいはずは無い。ぐるぐる回さなくてもうまいワインはやさしくその実力を思い知らしてくれる。その時を待つほうが、賢くもあり、なによりもおいしくいただける。時の経過により香はゆっくりと趣を変える。その変化もぜひ楽しみたい。
 どうしても回したくなったら、液体の底の方を上層部に持ってくるという理由から、ゆっくりと一回転か、多くて二回転させてみよう。驚くほど香が変る。この驚きはにわかに信じがたいが。こればかりは実際に試してみるのが一番分かりやすい。
「ワインはグラスが育ててくれる」
「ワインは飲み手の力量が試される」
「ワインを生かすも殺すも飲み手次第」
 諸先輩方の経験に裏づけされたありがたい言葉が身に沁みてくる。

 ワインのプロたるソムリエはぐるぐる回しているぞと反論の声が聞こえるが、彼らはワインを飲むのではなく、ワインをサービスする立場である。ブラインドテイスティングではものの10秒程度で、その銘柄を当てる必要があるので、瞬間最大風速を作る必要があるのだ。瞬時にワイン知る技術である。第一彼らはテイスティングしたワインは外にほき出す。10分以内に数本のワインを利き分ける必要が無いのなら、やめたほうがいい。

 普通の人はワインの銘柄を当てる技術も経験も持っていない。その必要すらない。目の前のワインをいかにおいしく戴くかに集中したほうが賢明だ。そもそも食事中にワインをバケツに捨てられたら、最悪のマナーである。ぐるぐる回してワインを知った気になるのは、大きな勘違いであり、おいしいワインを自らの手で崩している証拠である。残念ながら彼らはその事実に気がついていない。残念である。
 まあ、その人が回しまくったワインを私が飲むわけではないので、次の理由に進もう。

 第二にグラスを回すと飛び散る可能性があることだ。この日の為に用意した一帳羅を、勢い余って汚されやしないか気が気でならない。会話にも集中できず、そのぐるぐる回るワインの行方が私の会話を途切れさせるのだ。大迷惑な話である。ワイングラスは微妙なバランスで出来上がっている。割れやすいガラス製でもあり、そんなに手荒く扱ってはいけないのだ。危険が多すぎる。

 第三にマナー違反である。レストランでワインを飲むときは、ソムリエがそのワインを最高の状態で給仕してくれる。おいしい状態にしてくれたものをぐるぐるかき回すのは、人の好意を踏みにじることになりやしないか。ベストの状態を自ら壊してどうするのか。ワインのプロが教えてくれた飲みごろを、無知な振る舞いで台無しにしているのだ。金払ってんだから客の勝手だろ、という狭い了見では本当のおいしさをワインは教えてくれない。私はおいしいワインとおいしくしてくれたサービスを大いに楽しみたい。

 第四に見た目が悪い。俄かワイン好きがここにもいるかと目を覆いたくなる光景だ。とくにボジョレーなどのガメイ種でグラスを回すとその人の見識の無さを露呈しているようで滑稽である。ガメイは回そうが、ひっくり返そうが、香は変らないのだから。不味くしているだけの行為に、一言注意されたらそのひとの懐の大きさに感謝しよう。


<まとめ>
 ワインはワイングラスで飲む。したがってそのグラスの扱い方や種類がワインの味に大きな影響を与える。おいしいワインはいいグラスで。グラス選びも楽しいし、美しいグラスはワインと共に素敵な夜に一役買ってくれるぞ。

以上

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