夏である。とにかく暑い。こんな夜はくいっとビールを飲みたくなるが、ふとワインの輸送について考えてみた。どうも枕詞に関連性がないのは、やむをえんということで。
<私の経験>
私はフランス・ブルゴーニュ地方の名門ドメーヌを訪問し、記念の意味を込めてワインを1本譲ってもらったことがある。貴重なワインを造った本人から直接手渡されると、感慨もひとしおで、うれしさのあまりその場で飛び跳ねたい気分になったりする。しかし、ぴょんぴょん飛び跳ね終わった自分に押し寄せる問題があった。ワインの輸送である。頂戴したワインを日本で「あのひと」(註1)と楽しむには、当然日本に持っていかなければならない。このワインをいかに日本まで輸送するかが最大の問題だ。時は夏。フランス国内でも日中は30℃を超える日もあり、日本では体温よりも暑くなる日が連続するそんな時期だ。ドメーヌのセラーの温度は14-16℃。この温度を保ったまま日本に輸送するのがベストだが、それは事実上難しく、最低でも30℃以上の高温化に一瞬たりともさらさないこと、ワインを噴かせないことを条件に、無い知恵を絞ったのだった。
まずフランス国内での対応としては、帰国直前までセラーで保管することができた。非常に懇意にさせていただいている某ネゴシアン兼ドメーヌのセラーを貸していただけたのだ。荷物ひとつであちこち廻る身として、ワインを持ち歩かず、完璧な保管場所を確保することは理想である。当然のことながらワインの保管場所で、最も優れているのは造り手のセラー。セラー内は振動も無く、温度も湿度も一定。唯一の違和感は、その銘柄がそのメゾンのものではないということだけだった。
例えばドメーヌ・セラファンからそのメゾンまではとことこ歩いて10分。夕暮れ時(夜九時過ぎ)の涼しい時間帯に運んだため、このときの輸送に何ら問題はない。ただ、この時間ではセラーに入れることは無理だったので、翌朝の営業開始と同時に入れさせていただいた。夜の寝室の温度は20℃を少し上回る程度。この温度なら全く問題はない。この場を借りて感謝する次第だ。
ところで、ジュブレ・シャンベルタン村からディジョンまではバスで30分。ディジョンからパリはTGVで1時間半。パリ市内からシャルルドゴール空港まではバスで小一時間。フランス国内での保管という第一関門を突破した後に待ち構えているのは、空港までの輸送だ。飛行機の時間は午後2時。順調に行けば、ジュブレ・シャンベルタン村を当日の朝に発って、わき目も振らずに空港まで行けば、行けなくもない時間割だ。しかしここはフランス。何が起こるかわからない。ストライキや遅延も想定しなければならなかった。ここはひとつパリに泊まって、ゆっくりと日程を組む必要があった。第一、パリで私の帰りを待ってくれている人もいないこともないではないか(註2)。ともかく現地を出発し飛行機が飛び立つまではほぼマル1日の猶予がある。この時間帯の温度管理をどうすべきか。前夜の思案のしどころだ。運良く宿には冷蔵庫があった。開封前のジュースを凍らせて荷物の中にしのばせれば、完璧な保冷剤になる。もちろん水分確保にもなる。これは明暗だ。温度の確認には、グラス内の温度を測るための温度計がお土産として売っているので、そいつもゲット。これで温度管理はほぼ完璧になった。
翌日、セラーを離れるときの天候はなぜか雨。今まで降らなかった雨がよりによって今日降るとは。普段なら泣けてくるが、今日ばかりは違う。太陽が出ていないということは気温が上がらないということ。しかも雨。ワインの輸送にはもってこいの日になった。フランスは大陸性気候の影響からか湿度が低い。そのため日向は30℃を越すが、ひとたび日陰に入れば長袖が必要なくらい涼しくなる。この雨なら、気温が30℃を越えるはずもなく、Tシャツ姿の自分には寒いくらいだった。なんてラッキーなんだと、スキップしながらバス停に向かいたいところだが、ワインに振動は危険。ゆっくりゆっくり傘もささずにぴしょっと濡れながら、屋根のあるバス停でバスを待つ。余談ながらフランスは石畳の道も多く、ガラガラとスーツケースを運ぼうにも妙な振動が加わるので嫌いだったりする。
夕方パリの安宿に到着。パリの一番安い部屋は一番上にある。5階だった。重たい荷物を背負っての5階までの階段はしんどすぎる。エレベーターなど当然あるはずもなく、ただ歩くしかない。そしてここで追い討ちをかける事実に遭遇する。フランスでは地上階は数に含まれず、日本の2階がフランスの1階に相当する。つまり、数字こそ5だが、実際は6階なのだ。螺旋階段を幾度も踏み外しそうになりながら、ようやく到着。早速荷物の確認。セーフだ。ワインは噴いていない。温度計も20余℃。凍らせたジュースもほとんど解凍していなかった。ふう。これから私を待つ人々との会食に出かけよう。(註2)
パリでは途中どこにも寄らずにまっすぐ空港へ。宿からバス停のあるオペラ座までは地下鉄へ。パリの地下鉄はエスカレーターがない駅も多く、重たい荷物を背負っての移動は苦労が耐えない。満員の車内では、大きな荷物は煙たがられるし、ドア周辺には盗人たちがあちこちいる。ここでワインを盗まれては泣くに泣けない。じっと荷物を握り締め、オペラ座へ。オペラ座からは空港行きのバスがある。空港では航空会社別に停車位置が違うので、自分の利用する航空会社を言えば、目の前で降りることができる。電車も直結しているが、駅構内から出発ロビーまで死ぬほど(大げさ)歩かなければならないので、荷物が多いときはバスが便利だろう。余談ながら夜中に電車に乗る事は避けた方がいいらしい。催眠スプレーをふりかけてくれたり、強盗ダッシュの離れ業を披露してくれるので、命と荷物と貞操の確保をするなら乗るべきではないらしい。
空港についたら荷物を預けるか機内に持ち込むかの選択が待っている。預けた荷物は手荒に扱われたりしないのだろうか。ワインのビンは割れ物だ。手荒く扱ったら割れる危険がある。しかも貨物スペースの温度設定も不安が募る。どんな温度になってしまうのか。自分の管理できないところに置かれる危険。過去の経験を紐解けば、機内の温度が30℃以上になって、汗かきながら座席に座った経験はない。客席ならば高温劣化または低温劣化はとりあえず避けられる。二者択一で、機内に持ちこむことに決意した。ただ気圧の問題もあり、本当のところはどうなのか、おいおい調査したいところだ。船便の方がいいのかな。
飛行機内は快適だ。直行便で12時間あまり。乗り継ぎ便でプラス5,6時間。頭の上のワインを気にしながらの旅は続く。さて、成田。ここが最大の難関だ。再入国手続き、通関など所定の手続きをしていざ空港の外へ。到着ロビー内は冷房が効いていたので、ある程度安心していたが、ここから先は真夏の炎天下である。着陸寸前の機内情報によれば成田の気温は30度を越えていて、しかも晴れていた。さあ一刻の猶予もない。クール宅配便を探すべきか、自力で持っていくべきかの選択。空港から我が家まで3時間から4時間。ここまで持ってきて宅配業者に委ねるのも、なんだ。同然再び手にするのは翌日以降。面倒くささも加わって、ここはいっぱつ大旅行の始まりだ。普通ならリムジンバスが便利だが、バスの荷物置き場の温度は「???」渋滞にハマったらどうしよう。ここはリッチに成田エキスプレスだろう。あれならば、車内全席指定の冷房付き。残念ながら、わが最寄駅までは直行しないが、そこから30分各駅停車に乗ればいいだけのこと。弱冷房車は避けて、窓から遠く離れた場所を確保した。
そして最寄駅到着。駅から自宅までは歩いて5分。しかしこの5分こそ炎天下の街を歩かなくてはならないのだ。最大のリスクだ。夕方とはいえ、まだまだ暑い。海水浴帰りの観光客とすれ違うたび、夏の暑さを思い知る。信号で足止めくらいませんようにとお祈りしながら5分経過。無事我が家に生還である。家では部屋のクーラーをガンガンに入れておいてもらったので、温度は問題なかった。ワインも噴いておらず、ゆっくりとセラーに確保した。ふう。さて実際にこのワインは、痛んでいないだろうか。その確認をする必要がある。何よりも飲んでみないことには是非は分からない。外見上は問題なくとも、ワインは飲んでなんぼだ。その確認作業はことのほか早くやってきた。
翌朝。某氏宅にて。大事に大切に慎重に運んだセラファンの1993シャルム・シャンベルタンを抜栓。う。う。う。うまい。某氏いわく史上最高のシャルム・シャンベルタンに出会えた、である。2年ほど前からキープしてきたデュジャークの1993シャルム・シャンベルタンが静かに「過去最高のシャルムの座」を明渡した瞬間だった。悦びもつかの間、日本到着から1日も経たずに飲んでしまった。あ。これはあのひとと(註1)飲むはずだった。でもうまい。ありがとうセラファン。ありがとう某氏。とにかくこのワインの輸送に間接的に関わったすべての人にありがとうである。
とにもかくにもワインの輸送には気苦労が多い。現地の天候や輸送経路、保管温度など、枚挙に暇がない。ここまで慎重に扱ってこそ偉大なワインは楽しめる。ワインに旅はさせるなというが、日本でワインを楽しむためには、ワインには旅に出てもらわなくてはならない。その旅の経路こそもっとも大事であって、消費者がもっとも知り得ない情報でもある訳だ。
今ワイン屋さんで手にしたワインが、どういう経路をたどって、この手に握られているのか。それがはっきりしないことには、安心してワインを楽しめない。逆にその経路が判明しているワインならば、何の苦労もせずに大いに楽しめる。そんな情報はどうすればゲットできるのか。優秀なワイン屋さんとの信頼関係からしかそんなホットな情報は手に入らないのだろう。優秀なワイン屋さんとはどこか。それは個人の経験に任せることにしよう。
とにかくワインの輸送は、品質の差になって現れる。「このワインは5年後が飲み頃ですね」の言葉を鵜呑みして、5年間も痛んだワインを大切に保管して、ようやく飲んだ頃にはまずかった。文句を言ったが、「5年も前のこと今ごろ言われてもねェ。どんなところに保管してたの」、と取り付く島のないオヤジの禿げ頭に、ペッと唾を飛ばしてやるには、ワインは、少しばかり高価過ぎる。
健全で、高品質のワインをいかに楽しむか。完璧な輸送と保管こそ、ワイン造りに命をかけた人々の情熱を知る唯一の術なのだから。おいしいワインをおいしく飲むために、消費者の戦いは今後もきっと続く。
註1 あのひとって誰?
註2 パリで久しぶりに再会した某女史と某女史と某氏に感謝である
以上
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