2002/10/03
 今回は「丼」について。
 といっても牛丼やカツ丼並、カツ丼上、カツ丼特上、うに丼、いくら丼、いちご丼、海鮮丼、親子丼、他人丼、中華丼、天丼、かき揚丼、鉄火丼、焼き鳥丼、すき焼丼、とろろかけ麦飯丼、冷蔵庫の中にあったものとりあえずのせてみました丼、昨夜の残りのカレー丼、憧れのプラチナポーク丼、これも憧れの鮭の瞬間燻製丼、想像するだけで幸せの牛頬肉の赤ワイン煮込み丼、庶民派醤油マヨネーズ丼、100円ショップのなめ茸丼、冷蔵庫には卵しかなかった丼、海老の天婦羅しかのっていない妙にうれしい天丼、醤油漬けの海苔丼、納豆かけただけ丼、ご飯丼、キンメの煮付けの余った煮汁丼、七味唐辛子丼、吉野家で思わずやってしまう紅生姜丼、ほかにもある丼の話ではなく、ブルゴーニュ地方特級ワインについて視点を変えて進めてみたい。

 ある日、ブルゴーニュ地方の畑の地図を眺めていて、ふと思ったことがある。畑の位置について、丼の形を思い起したのだ。丼の形と言っても器の形ではなく、漢字の方。井戸の井の真中に点を打ったこの漢字と、特級畑の位置に共通するところがあるではないか。

 丼の点をその畑の位置としよう。例えば、ロマネ・コンティの畑について。この丼は南から眺めてみると、中心に特級ロマネ・コンティの畑があり、北と北西にリッシュブールがある。北東と東にロマネ・サン・ヴィブァン、南東と南、南西の方向にラ・グランドリュ、そして西側にラ・ロマネが存在している。いずれもヴォーヌ・ロマネ村の特級畑だ。名づけてヴォーヌ・ロマネ連合軍ロマネ・コンティ包囲網(造語)。丼の中心のロマネ・コンティは八方を特級畑に囲まれた、特級中の特級といえないだろうか。これを逆意味的な四面楚歌と表現したい。なんだか廻りが全て特級ということだけで、世界一のワインの名声の裏づけのひとつになっているような気がする。

 これと同じ現象がみられる特級がある。グラン・エシェゾーだ。この特級畑は、エシェゾーとクロ・ド・ヴージョに囲まれているのだ。すばらしいぞ。ただ石垣で囲まれている方がクロ・ド・ヴージョな訳で、囲みの外側にあるためにこの事実は意外と知られていない。弟分に当たるといわれるエシェゾーも小区画に分かれていて、何処から何処までがグラン・エシェゾーなのか分かりづらいところが、ロマネ・コンティに数歩譲る原因だ(ロマネ・コンティはニ方を石垣で囲み、リシュブール側に飛び出した部分を除いて、明確に場所が特定できる)。そしてグラン・エシェゾーの正面に続く特級ミュジニも斜面が異なり、連合軍には加わりきれていない。

 グラン・エシェゾーがロマネ・コンティと同一条件を満たしているにもかかわらず、評価的にも価格的にも数歩譲るのはなぜだろうか。それは畑の格だろう。ロマネ・コンティを取り囲むリシュブールとロマネサンビバン、ラ・ロマネ、ラ・グランドリュ(その背後にラ・ターシュ)連合軍に比べ、グラン・エシェゾーチームのクロ・ド・ヴージョとエシェゾー組は明らかに部が悪い。これはやむをえんことだろう。伝統や正統性においてロマネ・コンティやシャンベルタン・グロドベズと何ら遜色のないクロ・ド・ヴージョが一歩抜きん出ないのは、ハニカム思いもあるが。

 ひとつの要因に両者の行政上の区割りも関係しているかもしれない。クロ・ド・ヴージョはヴージョ村のアペラシオンである。そしてグラン・エシェゾーとエシェゾーは、畑自体はフラジェ・エシェゾー村にあるものの、AOC原産地呼称統制法上はこの村に独立したアペラシオンが存在しないので、隣のヴォーヌ・ロマネ村のAOCということになってしまう。この事実だけでもこの畑の引け目を感じざるを得ないのは私だけだろうか。

 ロマネ・コンティを有するDRC社がクロ・ド・ヴージョに畑を持っていないことも要因かもしれない。DRCの影響力は凄まじいからだ。しかし、この理屈はラ・グランドリュもDRCではないよという反論の材料にもなる。確かにラ・グランドリュはDRC所有ではなく、ドメーヌ・フランソワ・ラマルシュが単独所有しており、しかも最近(1992年)特級に昇格した畑ではないかと。なるほどごもっともである。背後にラターシュがあろうともこの現実は厳しかろう。さらにラ・ロマネもDRCではない(註1)。これは痛い所をつかれたので、この話は振らなかったことにしよう。

 そして何よりDRC社が造るエシェゾーは、ウルトラ六兄弟(註2)の中でも末っ子という評価があり、グラン・エシェゾーは「その兄」という表現がぴったりだったりもする。ただ、グラン・エシェゾーが世界一の赤ワイン ロマネ・コンティと同一条件を満たしているという事実は重要だ。グラン・エシェゾーの立場がグイッと上がる快感に酔いしれたい。


 ところでこの条件(八方を特級畑に囲まれている)にあと一歩という畑もある。八方ではなく、七方を特級畑に囲まれているのだ。そして不思議なことにその畑は特級ではなく、村名一級畑なのだ。それはグラン・エシェゾーから少し北に行ったところにある。そこへは歩いて2時間もかからない。

 ジュブレ・シャンベルタン1級オー・コンボットである。この畑もまた興味深い。特級ラトリシエール・シャンベルタンと特級マゾワイエール・シャンベルタンそしてお隣のモレ・サン・ドニ村の特級クロ・ド・ラ・ロッシュに七方を囲まれ、唯一南東の方角にだけ一級畑がある。すばらしい立地条件にもかかわらず、このオー・コンボットは一級に甘んじている。不甲斐ないことではある。なぜこの畑が一級なのか。それはAOC法発令前に遡る。恩師ジャン・フィリップ・マルシャンによれば、当時このジュブレ・シャンベルタン村とモレ・サン・ドニ村に接するオーコンボットの畑は、行政上はジュブレ・シャンベルタン村にあるものの、畑の所有者の多くがモレ・サン・ドニ村にドメーヌを構えていたという。AOCの格付けは申請に基づいて検討され、格付けが決定した。特級申請に際してジュブレ・シャンベルタン側の住民がその畑を持たないがゆえに、積極的でなかったため一級格付けにされたという。珍現象である。

 ともかくも一級オー・コンボットはグランクリュ街道沿いにあり、七方を特級畑で囲まれた偉大な畑なのだ。ならばモレ・サン・ドニ村のクロ・デ・ランブレイ(1981年昇格)、ヴォーヌ・ロマネ村ラ・グランド・リュ(1992年昇格)と同じく一級から特級への昇格申請の動きがあっていいはずなのに、どうもそんなに表面化しないのはなぜだろう。この畑の昇格よりも先に幾つもの畑が昇格の機会をうかがっているためだろうか(註3)。一級が定着しているためだろうか。謎ではある。(註4)


 いずれにしても特級畑に囲まれた3つの畑は興味深い。食堂の暖簾をくぐり、思い思いの丼を食べるたびに思い出しそうだ。ワインは畑である。その畑の位置からそのワインのすばらしさを探るのも秋の夜長に持ってこい。ロマネ・コンティは高すぎて手が出ないので、冒頭に挙げた丼で代用しようではないか。ご飯丼ならご飯を盛るだけでいっちょ上がりだ。うまいぞ。うまいかな。丼論これにて。

 特級コルトンや特級エシェゾーの小区画にもこの現象があるが、あくまで小区画のため今回はその対象から外した。



1.
ラ・ロマネ = リジェ・ベレール家の単独所有 醸造等はすべてブシャール社が担当

2. ウルトラ六兄弟(造語) = ロマネコンティ、ラターシュ、リシュブール、ロマネ・サン・ヴィヴァン、グラン・エシェゾー、エシェゾー 
 (禁じられた遊び参照)

3. 特級昇格候補 = レザムルーズ クロサンジャーク クロパラントーなどいろいろ


4. この現象をミクロクリマと呼び、道一本隔てただけで味が変わる要因に挙げられる。


以上



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