ブルゴーニュからの問題。ブルゴーニュ地方には同じ区画内であっても、そこから赤ワインを造るのか、白ワインを造るのかによってAOC原産地呼称統制(平たく言うとワインの名前)が変わる場所がいくつかある。その代表的なものを挙げてみよう。
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場所 |
赤ワイン |
白ワイン |
註 |
1 |
コルトンの丘 |
特級コルトン |
特級コルトン・シャルルマーニュ |
a |
2 |
ムルソー(ヴォルネイ側) |
ヴォルネイ・サントノ |
ムルソー |
b |
3 |
ムルソー(ピュリニー側) |
ブラニ |
ムルソー・ブラニまたはムルソー |
c |
4 |
ピュリニー(ムルソー側) |
ブラニ |
ピュリニー・モンラッシェ |
c |
5 |
ヴォーヌ・ロマネ(ヴージョ側) |
ヴォーヌ・ロマネ |
ブルゴーニュ・ブラン |
d |
6 |
ボジョレー地区 |
サンタムール |
サン・ヴェラン |
e |
註a コルトンの丘は複雑で、赤のコルトンしか名乗れない場所があり、
コルトンの区画内で白ワインを造ると白の特級コルトンを名乗れる場所もある。
註b ムルソーとピュリニの山間の中間にあるブラニ村。それぞれに1級畑と村名畑がある。
註c ドメーヌ・ルフレーブのブラニが有名。それぞれ1級畑と村名畑がある
註d クロ・ド・ヴージョの石垣沿いにあり、ピノ・ノワールを植えるとACヴォーヌ・ロマネ、シャルドネを植えるとACブルゴーニュ。
註e ガメイ種を植えるとサンタムール(クリュボジョレーのひとつ)、シャルドネを植えるとサン・ヴェラン(マコネ地区の白ワイン)
同じ畑であってもシャルドネを植えるか、ピノノワールを植えるか(ボジョレーではガメイ)によって原産地呼称統制が変わるというのは面白い現象だ。なぜこのようなことが起こるのか。それは原産地呼称統制の特徴と商売上のメリットが作用しているように思われる。
<コルトンの丘>
たとえば、No.1においてはどうだろう。コルトン・シャルルマーニュは世界最高峰の辛口白ワインであり、その名は白ワインにのみ適用されている。コルトンは赤白両方ともに特級ワインであるが、赤の知名度に比べて白はシャルルマーニュの名が無いために部も悪い。ワインは商売でもある。より知名度が高く、より高値で売れる名を選ぶのは至極当然である。同じ区画内で2つのアペラシオンが存在するということは、場所が命のワインの素性にとってプラスとはなりにくく、よって白ワイン最高評価をモンラッシェに譲らざるを得ない理由のひとつに挙げられている。それは白のロマネ・コンティ(註1)がなければ、赤のモンラッシェがないことからも伺える事情だ。
そしてこれは、AOC施行前から両品種(加えてアリゴテも多かったらしい)が植えられていた現実を踏まえての法施行ではないかとも読み取れる。ただコルトンの丘は、赤ワインも白ワインも高級ワインには違いなく、特にドメーヌ・コシュ・デュリのコルトン・シャルルマーニュはまぎれもなく世界一の白ワインであるので、ワイン話のひとつにキープしておきたいところだ。
<ムルソーの事情>
No.2-4の例。ムルソーは白ワインの銘醸地であるが、赤ワインを売るとなると知名度がよろしくない。しかし隣村は赤ワインの銘醸地ヴォルネイである。その名を借りて商売するという作戦は頭が良いとしか言いようもないだろう。サントノ地区は完全にムルソー村にあり、ここで白ワインを造ると当然ムルソーになるが、赤を造ると隣村を冠しヴォルネイ・サントノとなる。そのなかでも特にサントノ・デュ・ミリュには、シャルドネはなく、ピノ・ノワールのみが植えられており、評価もサントノの中で最上とされ、さらにブルゴーニュを代表するコント・ラフォンらによる競演が知的好奇心をくすぐりつづける銘醸地である。
ちなみにムルソーにはカイユレという赤ワインの一級畑がある。ここはヴォルネイにも同名の畑があり、地続きであるが、それぞれ隣の村名を使うことなく、自身の名を使っている。
一方ムルソーの南側はピュリニー・モンラッシェ村との境目にブラニがあり、ここでも赤を造るとブラニ、ムルソー側で白を造るとムルソー、ピュリニー側で白を造るとピュリニーというややこしい現象が起こる。このややこしさがムルソーをして特級アペラシオンを擁しえない理由のひとつに挙げられている。
<ヴォーヌ・ロマネの場合>
No.5の例。この村はロマネ・コンティを筆頭に世界最高の赤ワインの大銘醸地であり、赤ワインのアペラシオンである。このアペラシオン内に白ワインたるシャルドネ種を植えると当然ヴォーヌ・ロマネの冠は頂けず、ブルゴーニュ地方名ワインにランクダウンされる運命にある。法律の構成要件に該当しないための処置である。しかし、ここにその法律に対抗すべくクロ・ド・ヴージョの石垣の外側のヴォーヌ・ロマネ村内にシャルドネを植える生産者がいる。ドメーヌ・イヴ・ビゾーである。ヴィオレットと呼ばれるその区画にシャルドネを植えたがために、法律上はACブルゴーニュでしかないのだが、当主ビゾー氏はこの畑が大のお気に入りである。ここにシャルドネを植えた先代に大感謝している様子が会話の端々に現れている。この区画に定石通りピノ・ノワールを植えれば極普通のヴォーヌ・ロマネの赤ワインでしかないが、ここから白ワインを造るがゆえに、格下のブルゴーニュながらも、希少価値と丹精こめた醸造により高品質を実現し、並の村名クラスよりも高値で取引されていたりする。ワインはその名の通りスミレの香りがする。
ヴォーヌ・ロマネの場合は赤ワインのアペラシオンであるがために上記のような現象が起こるが、赤白両方とも同一名のアペラシオンを名乗れる畑もブルゴーニュにはある。シャンボールミュジニ村の特級ミュジニ(註2)やモレ・サン・ドニ村の一級モンリュイザンなどがあり、シャサーニュ・モンラシェの多くの畑は赤白兼用である。
<ボジョレーの場合>
No.6の例。ボジョレー地区には10個のクリュ・ボジョレーがある。モルゴンやムーランナヴァンなどだ。そのクリュボジョレーの中で最も北に位置するのがサンタムールであり、同時にマコネ地区の最南端でもある。サンタムールは直訳すると「聖愛」。良い名である。恋人同士で飲むには最高のワインだろう。恋人同士で飲むワインとしてはボルドー地区、ハートのマークでおなじみのシャトー・カロン・セギュールやブルゴーニュはシャンボール・ミュジニ村のレザムルーズ(恋する乙女たち)、ローヌ地方では名門ジャン・ルイ・シャーブが造るモンクールMon
Couer(マイハート)などがあるが、このサンタムールが最もコストパフォーマンスに長けている。すばらしい。のっぴきならない事情によりワインはサンタムールしか選べなくとも二人の愛は永遠のはずだ。「えぇぇぇ。レザムルーズじゃないと愛は育めない。カロンセギュールでも良いけどビンテージは1990年にしてね」というご令嬢との接し方については筆者は門外漢である。
そしてこの場所でシャルドネを植えるとなぜかサンベランというマコネ地区のACワインになり、つい先日堪能したドメーヌ・ジョベールのそれは大変うまかった。このあたりの事情については現在調査中である。
<まとめ>
同一区画内に二つのアペラシオンが存在する事実はもっと掘り下げて研究してみたいが、今回はここまでということで・・・。
註1 白のロマネ・コンティ
ロマネ・コンティの畑を争ったコンティ公とポンパドール婦人が和解して、ポンパドール婦人の取り分として白ワインを造ったならば、それはロマネ・ポンパドールという特級白ワインになっただろうかという疑問も沸く。沸かないというツッコミを無視して話を進めよう。しかしこの疑問は二つの事情により実現しなかったであろうと想像がつく。まずロマネ・コンティが赤ワインの畑であること。そしてMonopole単独所有であるがために所有者を複数にすることはできないためだ。歴史に「もしも」は禁じ手だが、こんな下らない空想も秋の夜長につき・・・。
註2 特級ミュジニ
特級ミュジニ白を生産するのはドメーヌ・コント・ド・ヴォグエただ一社であるが、現在は格下のACブルゴーニュとしてリリースされている。これはシャンボール・ミュジニ村の白ワインの格付けが特級畑しかないための処置である。この村には白ワインの一級畑や村名畑のアペラシオンがなく、特級を名乗らない以上ACブルゴーニュとなってしまうのだ。ヴォグエが特級としてリリースしないのはヴォグエ社の品質へのこだわりかと思われるが、いずれにしてもACブルゴーニュとは思えない価格で取引されているので、消費者はその価値を分かっているのだろう。
以上
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