先日、ドメーヌ・ドーヴネの1998特級ボンヌ・マールを某所にて味わう機会に恵まれた。このワインは、ロマネ・コンティと同列に扱われる貴重なワインであり、某氏のご好意に大感謝なのである。
味わいそのものは、完璧としか言いようがなく、ブルゴーニュワインのひとつの頂点を見る気がしてならなかった。ボンヌ・マールの特徴そのままに、花のごとく咲き乱れる果実味のパワーと、荒々しさの中にふくよかで上品な味わいを惜しげもなく露にする横綱相撲。このワインこそブルゴーニュの魅力が凝縮されているのであった。
ところで、このワインを飲みながら、同席させていただいた隣の女性と共有した思いがある。郷愁である。思春期を過ぎたあたりの甘く切ない思い出に、この味わいが重なるのだ。その昔、「放課後の校庭を走る君がいた」と村下孝蔵が唄ったような、そんな在りし日の姿がフラッシュバックしてくる。馬鹿やってた頃や(今でもだが・・・)、無茶やってた頃(今でもだが・・・)、下駄箱で誰かを待っていた(さすがにこれは今はない・・・)、そんな愛しい日々を思いださせるパワーが、このボンヌ・マールにはある。いつの間にやら封印していた甘く切ない秘めた思いを、ふと表面に出す不思議な魅力。これぞブルゴーニュワインの大いなる特徴ではなかろうかと、しみじみ思ったりする。
「良き母」とも訳されるボンヌ・マールの名前の通り、母にはすべてがお見通しだったと思うと妙な恥ずかしさとともに、愛しささえ感じる。この境地に至らせるワインはさすがに少ないが、味わいながら涙が出てくるお酒もまた、ワイン特にブルゴーニュワインの大いなる特徴だと思うと、この出会いに感謝して止まないのだ。そして飲んだ分だけ減ってしまう切なさも・・・。江戸前鮨職人を主人公にする「きららの仕事」(注)という漫画があるが、その第三貫第17話で審査委員長?の篁が主人公「きらら」の握った牡蠣の軍艦巻きに玄界灘の海を思い起こし、涙したように、究極のブルゴーニュワインにもそれと同じパワーがあるっ。
高いワインがおいしいのは当たり前とはよく言われるが、高いワインがなぜに高いのか、おいしいワインがなぜにおいしいのか、そしておいしいワインがなぜに高いのかを、自身の舌と心で味わってしまうと、その悲しい方程式を身をもって受け留めざるを得なくなるから不思議だ。
ドーヴネのボンヌ・マール。その完璧な味わいに改めて感謝なのである。
おしまい
注 「きららの仕事」原作・早川光 漫画・橋本弧蔵 集英社
|