にっぽんハッピーワイン


タケダワイナリー恐るべし
     


 真東に蔵王連峰を望む小高い丘の南東向き斜面に立ち、この時期、満開のさくらんぼの花とそれを誘う蜜蜂のほのかに甘い香りに包まれて、五月のいわゆる薫風を意識する時、眼下に広がる垣根作りの葡萄畑と草生するタンポポの黄色い絨毯、その真ん中に位置する醸造所、そしてなぜかその横には山形県が管理する小さな池と、今は閉鎖され場外馬券場としてしか使われなくなった競馬場跡地を眺めながら、ここに日本のワイン造りの理想の形を感じることができます。

 東北自動車道を福嶋飯坂インターチェンジで降り、フェラーリ・クラスの車なら、6000円ちょうどの高速料金を支払った後、国道13号線をひたすら西に進み、路面がでこぼこのトンネルをいくつか抜け、米沢牛で有名な町並みにでてからは、地元の自動車専用道路を北上してしばらく走ると、山形県上山市に到着します。渋谷からならおおよそ4時間のロングドライブで、しかし新幹線なら2時間ほどで到着できるくらいの距離感です。

 有限会社タケダワイナリー。

 新会社法によって新規には設立できなくなった有限会社という組織形態から推測される「小規模」というイメージは、この地に立つと少しばかりの違和感を覚えます。15haの自社畑は、山梨の地元ワイナリーと比較するとかなりの大きさを意識させ、それは1.8haを有するロマネ・コンティの畑の8.3倍の面積を誇り、100メートル四方の畑が15個もあるのかと思うほどに強くなっていきます。醸造設備も決して小さいとはいえない規模があり、それは最新鋭の設備と、古くからのものが連携する配置となっており、そして食品会社よろしく衛生管理が行き届いた美しさを持っています。

 創業1920年。その歴史は、70年の樹齢を数えるマスカットベリーAにある種の感慨を見出し、そして早くからワイン造りに情熱を燃やしていた先代社長の先見性と強大な行動力ゆえのヨーロッパ系品種の樹齢の高さに、一朝一夕では語ることのできないブドウ栽培とワイン造りの喜怒哀楽を、一瞬にして感じることができます。草生栽培によって育てられるぶどうの樹に触れながら、そして衛生管理を意識させる清潔なワイナリーの空気を吸うごとに、タケダワイナリーの志の高さを、薫風に任せて感じてしまうのです。

 ワイン造りに没頭した先代は、海外からのワイン原料の調達を嫌い、この国で育てられたぶどうだけを醸造してワイン造りに励み、その精神は典子さんに受け継がれています。そしてそれを陰で支えた奥さんの仕事に敬意を払い、あるいは娘の典子さん曰くの「後ろめたさ」を感じたようで、自社農園で育てられたシャルドネを用い、瓶内二次発酵製法により、シャンパーニュと同じに仕上げられたスパークリングワインに、妻の名前「ヨシコ」と命名しました。ここにも先代社長の心意気と愛情を感じざるを得ず、この一本のスパークリングワインにかけた思いと経費と技術を想像するに、8000円を超える価格設定にも、思わず「安い」と言ってしまうのは、贔屓の引き倒れという低い限界を、越えたところにある「夢」や「ロマン」を感じたりするからでしょうか。

 「冬に1メートルほど積もる雪のために、垣根仕立ては少し高めの誘引なんです・・・。」

 丘の頂上近く、ビオディナミ農法を実践する豆畑という名の畑で、メルローの樹を触りながら先ごろ社長に就任した岸平典子さんは語ってくれます。東北の山形は、ラ・フランスや佐藤錦で知られる果樹栽培のメッカ。昼夜の寒暖の差の大きさと、積雪を除けば、かなり少ない年間降水量と、南東向きの斜面にあたる太陽の恵みと、そこに吹く風のおかけで、タケダワイナリーの畑は、高温多湿の日本にあって例外的な環境を整えています。この斜面に立てば、日本のワイン造りで最も注目を集めている産地のひとつに挙げられている理由が手に取るようにわかります。

 ワインが好きなら、いつかは、この斜面に立つべきかもしれません。この斜面に立つならば、蔵王連峰の向こう側にある、目に見えない何かが浮かび上がってくるから不思議です。それはきっとワイン好きが共有できる風景かと思ったりします。

 ワタナリーの見学は、4-11月まではお盆の時期を除いて毎日可能のようで、それ以外なら平日の訪問が可能のようです。事前の予約をすれば30分くらいの無料見学コースも用意されています。今回の訪問では、タケダワイナリーの強力な全面協力と、私の空気が読めない厚顔無恥さが、いいように作用して(笑)、6時間ものロングな工場と畑見学、数種類のテイスティングが実現してしまいました。そしてこれは贔屓の引き倒れの可能性も否定できないことですが、近日発売予定の2004年のシャトー・タケダの赤ワイン(メルローとカベルネソービニョンのブレンド)を試飲ルームで試飲したとき、ブルゴーニュのドメーヌ・ジョルジュ・ルーミエのシャンボール・ミュジニと同じレベルで共通する「媚びない果実味と美しいうまみ成分」を覚えてしまったのは、私だけの気のせいでしょうか。

 ワイン造りの現場を知る。すでに名声を勝ち得ている山形のタケダワイナリーには、とても素敵なパワーがありました。そしてそれは「実るほどに頭を垂れる稲穂かな」と呟きたくなるほどに腰の低い岸平典子さんのお人柄と、知識に裏づけされたワイン造りの冷静なまでの情熱と、経営センス、そしてなによりタケダワイナリーのチームワークによって生み出されているものなのかと思いながら、タケダワイナリーのワインを今夜もまた飲みたくなってくるのです。

 山形は、微妙に遠いが、近いと思えば、きっと近い。そんなことを感じさせるゴールデンウィークのワイナリー巡りでした。

 公式ホームページ = http://www.takeda-wine.co.jp


つづく




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