12月2日(火曜日) 夜行3連発でパリの巻

 電車は朝、国境の町 Hendayaに着いた。よくよく考えてみると夜行3連発だった。 そんなに焦って移動することもなかったが、ユーレールパスの有効期限が8日に迫っていたの で、この際できるだけ多くの町に行きたくなっていた。そんな心境の中でパリに再訪するのは 勇気がいった。パリヘの目的はオランジュリーのみだ。他の要所は大学時代の旅で網羅してい た。モネの睡蓮を観よう。友人Nがあれ程までに熱弁を振るった訳を知りたかったのだ。国境 の町は雨だった。この町でシャトー・ディケムを日本に郵送したかったが、雨のためパリに持 越しだ。高価なワインをこれ以上持ち運ぶのは危険だ。盗難の恐れもあるし、割れる可能性も ある。しかし雨には勝てなかった。わざわざ町に出て濡れることもないだろう。僕はTGVに 乗り継いでパリを目指すことにした。そうそう、ちょうど国鉄の窓口で予約の順番を待ってい るときに、僕は猛烈な便意をもよおした。それは一刻の猶予も与えなかった。せっかく待った 順番を放棄して僕はホーム横のトイレに掛け込んだ。セーフだった。パンツを下ろすのと同時 に、近年まれに見る量が放出された。そう言えば、今回の旅でまともな食事はマドリードのパ エリアとリスボンのイワシだけだった。二日間もまともな食事をしたために、腸がぴっくりし たのだろう。うんこの話をするときりがないので、ここの件はコラムに譲るとしよう。

 僕は何時間電車に揺られていたのだろう。20時間近くか。よく乗っていられるものだ。

 パリに着くと雪だった。道路が雪で白く覆われ、タ暮れの町並みはとても寒そうに思えた。 そして実際とても寒かった。セーターを持たない僕には、底冷えする寒さに滅法弱かった。今 回のホテル探しは大いに妥協しよう。夜行が続いて我ながら汚れているし、電車のトイレでお しっこを(電車が揺れたために)パンツに漏らしていたからだ。湿ったパンツは何とも履き心 地が悪い。早く取り替えたい。腹も減っている。電車の中ではクッキーしか食べていなかった からだ。

 モンパルナス駅周辺の事情は、すでに心得ていた。駅とホテルの間にカフェテリアがあった。 僕は歩きながら考えていたことがあった。食事を先にするかシャワーを先に浴びるかをだ。シ ャワーを浴びるとなると同時に洗濯もしなければならないだろう。同じパンツをすでに3日も 履き続けていたのだから。洗濯をするとなるとかなり時間が掛かる。雪がちらついて、とても 寒い夜のパリを散策するのは、どうも面倒臭そうだ。同じ臭いなら体臭を我慢して、食事を先 にとってからゆっくりとシャワーを浴びたい。

 僕は汚れた体に鞭打って、お洒落なカフェテリアに入っていった。メニューには手軽なラン チコースがあったので、それを注文してワインを飲んだ。ウェイトレスがとても可愛らしかっ たが、自分の身なりの汚らしさが目に付いてついぞ会話は盛り上がらなかった。

 店を出てホテルに向かった。先日値段が高すぎて泊れなかったホテルに急いだ。雪が僕を急 がせた。今夜はここに泊まってあげよう。

 部屋にはシャワーが付いていた。僕はよれよれの服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びた。冷た かった。ヨーロッパのシャワーは熱湯が出るまでタイムラグがあるのだ。冷えた体に水シャワ ーは利いた。一瞬、こんなに高い金払わせといてお湯ぐらい出せと文句の一つも言ってやろう かと思ったが、そのうちに熱いお湯が出てきたので、勘弁してやった。

 パンツに石鹸をつけてごしごし洗った。汚れが落ちているのか外見では分からないので、パ ンツに鼻を押し付け、匂いで判断した。石鹸の香りがしてとてもさわやかだった。靴下とTシ ャツも洗った。ポロシャツは、面倒臭くなったので洗わなかった。黒のために汚れも目立たな いし、洗ったことにしよう。

 裸になってベッドに潜り込むが、まだ夜の7時だった。外は雪が雨に変わっていた。寒そう だ。せっかくパリにいるのに社交場へ行かないのはもったいないが、完全な移動日ということ で割り切ろう。裸になったついでに今までの荷物の整理もした。チケット類やら各地の地図や らを一か所にまとめて、バッグの中身を整理整頓した。ワインが二本あることに気が付いた。 シャトー・ディケムとプチサイズの甘口白ワインだった。二つ星のホテルには冷蔵庫は付いて いなかったが、外は雪混じりの雨だ。水道の蛇口も冷たいにきまっている。僕は洗面台に水を 溜め甘口白ワインを冷やした。今夜飲んでしまおう。

 ワインが冷える間、テレビのサッカー中継などを見て過ごした。やはりサッカーの本場だけ の事はある。テレビとはいえ、その迫力は凄かった。シュートの早さというか勢いがJリーグ とは違っていた。日本がワールドカップで勝つのは相当難しいだろう。一応余計な心配もした りした。

 甘口ワインはやはり甘かった。食後のデザートに一口飲むこのワインをがぶ飲みするのには 抵抗を覚えた。甘すぎて口に何かが残るのだ。それでも何だかんだとぶつぶつ言いながらも、 全部飲み切ってしまった。要は、酒なら何でも良さそうだ。

 僕はパリの酒場の騒々しさを空想しながら、久し振りのベッドでの睡眠を楽しんで、ゆっく りと落ちていったのだった。

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