ドメーヌ・デュ・シャトー・ド・ピュリニー・モンラッシェ
Domaine : Chateau de Puligny-Montrachet
ドメーヌ : シャトー・ド・ピュリニー・モンラッシェ
本拠地 : ピュリニー・モンラッシェ村
看板ワイン : 特級モンラッシェなど
特徴 : 漸進するドメーヌ
備考 : 銀座某所にて
無断転載お断り

はじめに
 2003年11月5日に、今回のワインセミナーで紹介するドメーヌ・デュ・シャトー・ド・ピュリニー・モンラッシェの経営責任者エチエンヌ・ド・モンティーユ氏(以下氏)が来日し、その記念テイスティング会に潜入した時の模様をブルゴーニュ魂的にまとめてみよう。


栽培哲学とその実践
  氏は、ブルゴーニュにおいてエレガントで女性的なワイン産地として知られるヴォルネイ村の名門ドメーヌ・ド・モンティーユの経営責任者としての顔のほうが有名であるが、同時に2002年よりドメーヌ・デュ・シャトー・ド・ピュリニー・モンラッシェに経営者・栽培醸造責任者として迎えられ、ドメーヌの大革新を指揮している。氏はディジョン大学で醸造学を習得後、パリ第一ソルボンヌ大学にて法律を学び弁護士となり、大手銀行にてマネージャーとしてパリや海外支店に勤務したいわゆるエリートである。

 またブルゴーニュに戻ってからは、辛口白ワインのトップ・ドメーヌであるドメーヌ・デ・コント・ラフォンのドミニク・ラフォン氏らとともに、環境に配慮してテロワールの表現と存続を目的としたグループGEST(注1)を創設し、2003年よりその代表も務めている。さらに遺伝子組み換え組織の使用を防ぐことを目的としたグループ(Terre et Vins du monde)の創設にも尽力するという、まさにスーパーエリートなワイン生産者。

 一人で何役も(しかもそれらはすべて重責だ)こなす氏は、ブルゴーニュの将来を語る上で欠くことのできない人物であり、ブルゴーニュ魂が注目しない理由はないのである。(実際に氏にお会いするととても親しみやすく、温厚で、知的でナイスな人である。またご両親にもドメーヌ訪問時に大変お世話になり、この場を借りて感謝である)

 氏とともに銀座某所で2001年のワインを6種類ほどテイスティングしたが、何より印象深かったのはテイスティング前のワイン造り、主に葡萄栽培の講義だった。ここではその講義について紹介してみたい。

 氏は、多くの優秀生産者が口をそろえるように、良いワインは良い葡萄から造られると語り、ドメーヌの畑仕事はそのために何をすべきかを問い、実践することだという。2002年よりビオロジー農法を導入し、クローン選抜(注2)による一律的な葡萄栽培に疑問符を投げかけ、良い葡萄を造るために畑の改革に乗り出している。氏が実践するビオロジーを一言でまとめるならば、病気ごとに農薬を使うのではなく、トータルでの施しをすることとなり、化学薬品などなかった「昔に戻る」農法という。

 氏は葡萄栽培におけるクローン選抜のメリットとデメリットを認識し、従来からのマス選抜(注3)との併用により、良い葡萄造りを心がけている。氏はクローン選抜のメリットとして、一定収穫量の確保、熟し加減の安定化、作業効率を挙げ、デメリットとして樹の寿命の短さとバラエティの少なさを指摘する。樹の寿命の短さは、ひとつの個体にいろいろな情報を求めすぎたためにサイクルが早まり、結果すぐに歳をとってしまうということで、年を重ねるごとに複雑みを増してくる葡萄の短命化は、良いワイン造りにはマイナスの要素。またバラエティの少なさは、ワインの複雑さに影響し、細かいニュアンスの実現が難しいという。この細かいニュアンスがなければ、決して偉大なワイン(Grand Vin)とはならず、それは氏が求めているワインではないという。

 氏は、同時にマス選択の重要性も説いている。毎年夏と冬にサン・トーバン1級アン・ミリーの畑の畝を歩き、良木をチェックし株にマークをつけていく。そのマークが多くなるほどに、良質な株として確認され、その枝を挿し木することで、その良質な子孫を増やしていこうとするものだ。1haあたり10,000本もある株の中から、良株を選び、いくつものパターンの挿し木によってバリエーションを豊かにし、点在する所有畑に適時植樹して、理想的な畑を作りあげていくという。この地道なマス選抜の併用により、クローン選抜による単調化というデメリットを克服し、しいては偉大なワイン(Grand Vin)造りに全霊を傾けているのだ。クローン選抜とマス選抜の効果を理解し、相互補完を期待し、クローン選抜が隆盛の今日、あえてあえて昔のやり方をも取り入れる氏の試みに注目していきたいと思うのは、私だけではないだろう。

 しかし、理詰めで葡萄栽培を実践する氏をも悩ます要因があると、氏は告白してくれた。時間である。ひとつの試行による結果は15年単位でしか判断できず、ひとつの失敗を修正するにはさらに15年かかり、合計で30年近い歳月が必要となるのだ。この気の遠くなるような作業が、日々の畑で行われ、ワインという華やかな世界のイメージとは全くかけ離れた地道な農作業がここにある。ドメーヌでは1960年ごろからクローン選抜が始まり、氏の分析と判断によりその結果がようやく判明し、クローンに頼るだけでなく、昔からの方法による畑の再生を心がけ、実践している。

 氏の理想を問えば、「エレガントでバランスがよく、それぞれの個性を生かしたワインを造りたい」という。氏の理想を、私はかつて読んだ開高健の言葉になぞらえた。文豪開高健は、その著書「ロマネ・コンティ・1935年」文春文庫刊の中で、「ぶどう酒は土の唄なんだ」と賞した。土の唄こそテロワールの本望と解くならば、その唄を作ろうとする氏のワインを飲みたいと欲することは、ブルゴーニュワインを愛するものとして、自然の摂理である、と思う。

 まずは氏の力作を手に、Bonne Dégustation !! (良い試飲を!!)



(注1) GEST (Le Groupement d’etudes et Suivi des Terroirs)の主な加盟者は、DRC コント・ラフォン アンリ・グージュ シャトー・ド・ヴォーヌ・ロマネ ジャン・グリボ JJC ド・モンティーユなどで100社を超えている。

(注2) クローン選抜 = クローンとは唯一の母木から挿し木等の無性生殖により増やされた子孫集団のことで、収量や寒冷地耐久性、果実の成熟スピード、病気への抵抗力など目的に応じて選抜され登録されたもの。1920年代に始まり、世界各国で盛んに取り入れられている。特級クロ・デ・ランブレイなどではピノ・ノワールのクローン番号が公開されている。

(注3) マス選抜 = 畑の木のうちで、良質な株だけをグループ分けして育てていく方法 (氏は株のマリアージュと表現)


以上

【参考文献】 
LA MER DU VIN」 堀晶代  「ワインの自由」堀賢一 集英社 「跳べ日本ワイン」大塚謙一/山本博 編 料理王国社
「ワインの教本2002年度版」 児島速人 イカロス出版


2004/02/04 (2004/01/28の渋谷セミナー時の配布資料に加筆訂正)

 


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