このワイン・ドリンキング・レポートではいわゆるブラインド・テイスティング(註1)によるコメントは、基本的に無い(例外=シャトー・パルメ)。私はブラインド・テイスティングもワインの楽しみのひとつと思っているが、ブルゴーニュワインの魅力を最大限に味わうために、そのワインを確認した上で楽しませて頂いている。この章ではブラインド・テイスティングを否定するためではなく、こういう飲み方もあるのかな程度にお知らせできれば幸いだ。
<ワインを味わうために>
例えば、ここにドメーヌ・ドニ・モルテのジュブレ・シャンベルタンが二本置かれていたとしよう。ビンテージは1998と1999(註2)。このワインを二本同時に楽しむために何をしたらよいのだろうか。ワインをあける前に知っておくべき情報はなんだろうか。まず基本的なことから。ワインは軽い順に開けるのがセオリーになっている。重たいワインを先にあけてしまうと、軽いワインがつまらない味に思えてしまうからだ。これは複数のワインを飲んだことがあれば、理解してもらえる事実だったりする。そしてワインの価格だ。この二本は合計で15,000円する。けっして安くない金額だ。せっかく開けるのだから大いに堪能しないともったいない。「すべてはおいしくあるために」をモットーに据えて、ほかにはどんな情報が必要だろうか。同席者はブルゴーニュを知っているもの同士としよう。余りブルゴーニュを知らない人と飲む場合は、ホスト役の一人が知っていれば良いことである。
知っておくべき情報
1.ジュブレ・シャンベルタンというアペラシオンの特徴
2.ドメーヌ・ドニ・モルテという造り手の評価・造られるワインの一般的な性格
3.ビンテージ情報
4.二本を比べる意味合い
1.について
ジュブレ・シャンベルンは世界二大ワイン産地のひとつ、ブルゴーニュ地方のコート・ド・ニュイ地区の北部に位置する村で、辛口赤ワインの銘醸地である。この村を代表するワインには特級シャンベルタンがあり、かの世界一の赤ワイン、ロマネ・コンティと同様、非常に高い評価を受けている。今回のワインはそのシャンベルタンを含むジュブレ・シャンベルタン村にあって、ジュブレ・シャンベルタンという村名を名乗れる畑から造られている村名格のワインである。つまり世界的に評価が高く、素性のいい畑の近くの畑から造られている。ワインの特徴は、赤系・黒系の果実の両タイプがあり、非常に強くて逞しいワインであり、ブルゴーニュを代表する長熟タイプであるが、造り手も多く品質のばらつきも否定しがたかったりする。
2.について
1990年代に急成長したドメーヌで、今やこの村を代表する造り手である。筆頭ワインは特級シャンベルタンとクロ・ド・ヴージョ。ジュブレシャンベルタンに多くの畑を所有し、一部シャンボール・ミュジニーにも畑を所有している。1996年ビンテージの頃にはブルゴーニュ5大ドメーヌ(註3)の一角を占めたこともある有力ドメーヌ。ワインの特徴は、荒々しく「酒・男」的な要素が前面に出てくるこの村にあって、繊細で上品な仕上がりを見せてくる。赤系の果実味が豊かで、甘いアロマが印象的。時間と共にロースト香やチョコレートなどの深みのある味わいを醸し出してくる。ただし、このやさしい味わいが、時としてこの村のクラシックな味わいを期待する人々に落胆を与え、最近の流行を知ることに一理を見出す。また甘い果実味が度を越すと、G・ルーミエ(註4)やH・リニエ(註5)愛好家から疎んじられる傾向もある。個人的には癒し系シャンベルタンの代表格であり、最も気になる造り手であり、いとしのドニーと呼んで親しみを抱いている。造られるワインの少なさと、知名度の上昇によりワインは希少であり、高値で取引されていてる。
3.について
1998はブルゴーニュの赤ワインにとって一部の例外を除きチャーミングなタイプになっている。
1999は1996以上のグレートビンテージと囁かれていて、1990に匹敵する可能性を秘めている。
4.について
二本のワインは同じ村・同じ格付け・同じ造り手のワインで、ビンテージだけが違う。そしてビンテージの差は価格差となって現れている。なぜ30%以上の価格差があるのか、決して安いといえる範囲ではないので、それなりの理由を知りたいものだ。ワインは比べることによって特徴がはっきりする。その違いとは何か。そしてドニ・モルテは知名度は急上昇しているものの、1997以降その評価が知名度先行気味なのは否めない。トップ評価を得た造り手の最新ビンテージはどんな味なのか。ブルゴーニュ5大ドメーヌに留まっているのか。好奇心は溢れんばかりだ。
試飲にあたって
上記の4項目を知った上で、何をすべきか。抜栓方法と試飲順の決定だ。試飲順は比較的チャーミングとされる1998をあけ、偉大な1999を開けるのが順当だろう。逆では1998が浮かばれない可能性がある。飲み方は難しい。ドニ・モルテのほかのビンテージを何本も開けていたとしても、年号が違えば違うワインだ。ここが難しくもあり、楽しくもある。ブルゴーニュの魅力のひとつだろう。ただ造り手の個性を知っていれば、そう見当違いな開け方をすることもないが。
未知の場合は、第一番目はテスティングの基本であるINAOグラス(註6)に注いでみて、その実力を判断する必要がある。デカンタ必要性の有無・最適なグラスの選定・最適試飲温度・合わせる料理など、このワインの特徴をつかむ必要がある。グラスの選定が決めかねるときはINAOで基本を探っておくのが、いい。次ぎに出会った時の助けになるし、すべてを同じグラスで味わうことが、尺度にもなる。
飲み方
ブルゴーニュは繊細なワインであり、注がれたグラスを掻き回すことは避けなければならない。掻き回すことで香りは一瞬華やぐが、味は確実に酸化してすっぱくなる。時間はたっぷりあるのだから、注がれたワインが時間と共にどう変化していくのかをゆっくり見届けたい。どの瞬間が一番おいしいのか。自分なりのベストを探すことも必要だ。変化がピノ・ノワールの最大の楽しみでもあるのだから。自分のイメージしたドニ・モルテのジュブレ・シャンベルタンがグラスに現れてこないとき、どうするか。嫌いなアロマは、グラスを持ちながら手首を返せばいい。芳醇系が好きなら、グラスを暖めるなり、室温を上げればいい。味がぼやけているならば、ワインクーラーに氷を入れて冷やせばいい。時間を待ってみるのもひとつの方策であり、グラスを換えるなど他にも対応策はいろいろある。どの味を引き出し、どの味を引っ込めるかは飲み手の力量だ。
まとめ
ブルゴーニュを飲むということは、頭を使うということである。今回は村名ワインの2種類の飲み比べだが、グラン・クリュの場合や違うアペラシオン、複数の造り手のワインを楽しむ場合は、必要な情報量は更に増える。ただしこの作業によって得られる情報量もまた大きい。程度の差こそあれ、ブルゴーニュを楽しむならば上記の作業は必要で、体験された情報は蓄積される。例えばワインを初めて飲む人と同席するなら、その人の良き道先案内人となり、ブルゴーニュ愛好家同士となら更なる奥深い魅力を堪能できる。ブルゴーニュは体力と資金と頭を使う。そしてそれらを駆使してもなお、ブルゴーニュの奥深い魅力に迫りきれない。ワインを愛する心やワインを楽しく思う気持ちや、なんやかんやいろいろあってもう大変な騒ぎだ。認識こそ感動の源だ。小山薫堂(註7)の一食入魂の精神に共鳴しよう。せっかくのワインを無駄にしないために。そして開高の言葉を思い出そう。「ぶどう酒は土の唄なんだからね」(註8)。
ワイン・ドリンキング・レポートは上記の精神をもとに展開されている。これは「ワインをもっと気楽に飲もうよ」の飲み方を否定していない。ブラインド・テイスティングも否定していない。ただこういう飲みかたがあって良いし、人にブルゴーニュワインを紹介したり、共有したいと思うなら常に心がけるべきだと思っていたりするだけである。ブルゴーニュはそんな姿勢にトコトン答えてくれるはずだから。まずはご一献。
ブルゴーニュと本格的に向かい合った後では、ギンギンに冷えた缶ビール(註9)が飲みたくなる。
うまい。
以上
付記 注釈について
註1 ブラインドテイスティング
T部長によってアイマスクを着用された状態で試飲することではなく、ワインの銘柄を隠して、注がれたワインの銘柄・造り手・年号・葡萄品種などを当てるテイスティングのこと。ソムリエ試験やワイン漫画などに多く登場する。
註2 1998と1999の味わいは、レポート参照。
註3 ブルゴーニュ5大ドメーヌ(赤ワイン)の2000年当時 DRC ルロワ ヴォグエ デュガ・ピィ ドニ・モルテ。
註4 G・ルーミエ = シャンボール・ミュジニに本拠地を置くドメーヌ。最近はネゴシアン部門も好調。
註5 H・リニエ = モレ・サン・ド二に本拠地を置くドメーヌ。特級クロ・ド・ラ・ロシュは名品中の名品。泣ける。
註6 INAOグラス ワイン評価用の公認グラス。写真はこちら。
註7 一食入魂 月刊誌danchuに連載中の小山薫堂のコラム。(文中では敬称を略させていただいた。註8も)
註8 出典 開高健 ロマネ・コンティ・一九三五年 文春文庫
註9 尊敬する某氏のお勧めは、SPドライの愛称で飲まれるスーパードライ。別の愛称は金属ビール。
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