ザ・ジョージアンクラブの遊び心 (2002/03/06)

 
<はじめに>
今回のコラムは2部構成です。第一部はザ・ジョージアン・クラブ(註1)での潜入レポートの一部を紹介し、それを踏まえて第二部として、ザ・ジョージアンクラブの是非を考えてみたい。かなりの量になってしまったので、第二部はこちらをクリック
<第一部 潜入レポート>
 The Georgian Clubは、東京西麻布にあるフレンチレストランで、泣く子は黙れ日本三大グラン・メゾン(註2)の一角を占める超有名店だ。某日の日本酒の会でグラン・メゾン探求の話題で盛り上がり、某日実現する運びとなった。このイギリス・ジョージ王朝スタイルの格式ある館での食事には賛否両論あるが、実際に自分の舌で判断すると、その両論を唱える人々の言い分も理解でき、非常に有意義な体験だった。ザ・ジョージアンクラブにはレストラン名を記す看板はなく、白亜の豪邸を思わせるクリーミーな装飾の「館」だけが、存在をアピールし、それを知らぬものには全く関係無いところであることを示唆しているようでもある。本来はディナーを決め込むのが筋ではあるが、予算の関係により昼間の食事と相成った。なぜならば夜メニューにワインを頼むと一人何万円の世界になってしまうからだ。その金額はかなり厳しい。相手の分も負担するとなると目も当てられなくなってしまう。そんな分不相応な所作はできないに決まっている。しかし昼なら5,500円のコースからある。これなら何とかなりそうだ。ただし10%のサービス料、消費税は別途必要なので、飲み物を頼まなくても最低で6,352円かかる。これを踏まえていざ勝負だ。予約時にジャケットとネクタイの着用をお願いされていたが、常識的にこの「館」には普段着では入れないので、なんだか大人の会話的である。

<1 館の内側>
 館中央の玄関に歩を進めると中から女性が扉を開けてくれる。予約の名を告げ、コートと荷物を預けて、右側の部屋のウェイティングルームに案内される。意外に狭いが、綺麗に配置されていて、おのずと気分も高まってくる。ここでテーブルの用意が出来るまで、暖炉のある部屋で、食前酒を頼んだり、ふかふかのソファで寛いだりするのだろう。キャビネットにはブランデーなどのボトルが飾られていて、ブルゴーニュ産のフィーヌやマールも見つけることが出来る。DRC、モンジャール・ミニュレ、ヴォグエなどの銘品がワイン好きにはたまらなかったりする。随所にヴェネチアングラスも配置され、ほんのひととき団欒したくなってくる。ただ今回は昼間なので、あっという間に準備も整ったらしく、椅子に座るとまもなく案内の女性が耳元で囁いてくれた。ダイニングルームにはトイレが無いとのアドバイスを受け、正面向かって左側の部屋で身支度を整える。いいレストランの条件に清潔なトイレがあるが、もうばっちし綺麗である。館の割には清楚ではあるが、落ち着いて用も足せるというものだ。マウススティック(爪楊枝)もあり、洗面台には小さいタオルが重ねられていて、これで手を拭くのはいいが、どこに置いたら良いのか困ってしまったりする。下にそれを思わせるケースがあったので、そっと置いたりした。

 ご同伴頂いた某女史らとウエイティング・ルームで再会し、正面の扉が鮮やかに開けられて、さあ宴の始まりである。映画タイタニックのロビーにあるような豪華な階段を弧を描くように降りていくと、私たちのテーブルがホール右側に用意されていた。宮廷内部を思わせる豪華な装飾に、これが噂のジョージアンクラブかと心拍数も上がる一方だ。キョロキョロしたい欲望を押さえつつギャルソンたちに案内され席につく。豪華なシャンデリアが美しく輝き、広いテーブルにナイフ・フォーク類がきちりと用意され、テーブルに置かれていたナプキンを膝上にかけてもらう。リッチな気分が全開だ。まもなく綺麗な装飾のメニュをギャルソンから手渡され、しげしげと見つめたりする。ア・ラ・カルトももちろんあるが、頼める料理は財布の都合によりランチコースひとつしかないので、値段など見て、さも悩んでいるようなそぶりを見せたりしていた。

<2 メニュ>

 ランチメニュは2種類用意されていて、5,500円コースと7,500円コースがある。5,500円コースは前菜を4種類(冷たい前菜と温かい前菜が2種類ずつ)の中からひとつ選び、メインディッシュを幾つかの中からひとつ選ぶ。デザートワゴンから好きなデザートを選び、コーヒー・紅茶がついてくる。当然フレンチなのでパンもついてくる。7,500円コースは前菜をもう一品追加できるらしい。実際に頼んだ料理は省略するが、お皿のシェアもOKということで、三名がすべてばらばらの料理を注文した。もちろん5,500円のコースをである。

<3 食前酒>
 メニュが決まるとソムリエから食前酒を薦められた。飲みたい欲求を必死でこらえ、ここはガツンと断りの態度を彼に伝えることに成功した。食前酒から飲んでしまうと当然予算はオーバーする。これほどの豪華な食事をケチるのも男が下がるが、背に腹は替えられないので、昼間という大義名分を高らかに宣言したりした。

<ワインリスト>
 ソムリエが席を離れ、思わずほっとする。時を待たずしてワインリストが案内された。これには俄然興味がある。卒業アルバムより立派で、新郎新婦が受け取る結婚式のアルバムとタメセン張れそうな豪華なリストである。中身はというと・・・。おおおおっお。すばらしい。シャンパーニュはクリュグから始まり、ブルゴーニュの白へと続く。ドーブネのオーセイデュレスが某高島屋価格の1.5倍程度で案内され、デュジャークのモレサンドニ・ブラン1996も大台ぴったんこである。触手がピクリと反応したが、ここは我慢。ページをめくるとコント・ラフォン、ルフレーブ、DRC、ルロワ、アルマンルソーなどの大銘醸がそんなに高くない価格で配列している。ボルドーやロワールなどもあり、この一冊で1時間以上眺めていても飽きないし、セラーなどに案内されれば、一日中エチケットを眺めていても苦にならない。逆にぜひ拝見して夜通しの門番を申し出たいところだ。意外に安く、グレートな品揃えが豊富。頼むかどうかは別にして、それが率直な感想だ。しかし、今日は頼まない。いいや、頼めない。前菜に白、メインに赤を頼もうものなら、昼からたいそう豪華な金額を払うことになる。安いといっても市場価格に照らした相対的な安さで、一本何万円もするワインは絶対的に安くないのだ。今日は倹約がテーマのひとつ。忍の一文字を噛みしめた。

<4 テーブルワイン>
 フレンチを食べに来て、ワインを飲まないなんてあり得るのだろうか。前菜に白、主采に赤を合わせたい。限られた予算でその欲求を満たすためにグラスワインが用意されている。事前情報によればグラス一杯1,500円から1,000円程度。2杯でも3,000円。料理の5,500円と合わせても10,000円でお釣りがくる。許容範囲だ。グラスワインは頼むに限る。ソムリエを呼ぼうとしたが、呼ぶ前に彼は私の隣にいた。完璧なあうんの呼吸ということにしよう。ワゴンに本日のバイ・ザ・グラス用のワインが数本用意されていたのだ。さすがグランメゾン。グラスワインもチョイスできるのか。何があるのかな。カリフォルニアなどのシャルドネとボルドー系のフルボディ系でも頼もうか。何気なくボトルを見ると、おおおおっおである。グラスワインなのに、ジャン・ガローデの1999ポマール・ノワゾン(註3)がある。ありゃ。アルノー・アントのムルソー1999もある。何でこのクラスがグラスワインなのだ。うっうれしいではないか。他にもいろいろあるが、すでに釘付け状態。再度グラスワインであることを確認し、両者を当然注文した。

<5 前菜・主菜>
 詳細は割愛する。ぜひ堪能してもらいたいところである。ウエッジウッドのお皿に盛られた料理を三分の一食べてはギャルソンにお皿をチェンジしてもらい、前菜3種類、メインディッシュ3種類を堪能させていただいた。一回の食事で半分以上のメニュをクリアしたことになる。これが楽しみでもあり、レストラン・キノシタでよくやらせていただく大技でもある。名づけて「マジカル・チャンジ」。グランメゾンでもお皿のシェアができるところは、妙にうれしかったりするし、ギャルソンに向かって危うく振り付けも披露しそうになって、直前で止めたりした。小気味よいタイミングでギャルソンやソムリエがテーブルに現れ、おいしい食事の合間に、彼らとの楽しい会話が場を大いに盛り上げる。ワインもぽっと頬を赤く染めてくる。また別料金ながら、会話の展開によりチーズセットも用意してもらい、ブラインドテイスティングとサービスの食後酒を堪能させてもらった。予想外の出費だが、この程度なら許容範囲だろう。

<6 デザート・コーヒー>
 作りたてのケーキが豪華なワゴンで運ばれてくる。まだナイフを入れていない新品のデザートをいくつか頼んむ。なにやら無茶苦茶おいしい。特にプリンはぴか一のうまさだ。デザートのすべてが素材を吟味し凄い技術で作られた名品だ。エスプレッソコーヒーで酔いを覚まし、素敵な時間はあっという間に過ぎていった。ごちそうさまである。

<7 会計>
 詳細は内緒ということで。同額でユニクロなら上から下までコーディネート可能。新幹線なら東京から京都あたりまでは行けるだろう。映画は7本程度鑑賞できる。月刊誌danchuなら1年分以上購読可能。ブランドもののネクタイは2本は買えない。つまりそんな金額だ。そしてお店を出てもなお見送ってくれるスタッフに、手を上げて別れを惜しんだりした。


1. ザ・ジョージアンクラブ = ぐるなび参照 http://gnavi.joy.ne.jp/Georgian/
2. グランメゾン = 最高級フランチレストラン 三大のもう二つは銀座のロオジェと恵比寿のタイユバン・ロブションという噂。
3. ジャンガローデ ポマール・ノワゾン1999 = ドリンキングレポートにも登場するが、数ヶ月の熟成を得て偉大なワインになっていた。

<第二部 ジョージアンクラブとは何か>
 
ここからは、グランメゾンの食事について検証してみたい。あくまでも個人的な見解の域を脱しないので、興味があればぜひお試しいただきたいところである。第一部の潜入レポートはこちら。対象項目は次の5点を選んでみた。なお、このお店は事前情報無しに行くと圧倒的な存在感にいわゆる「舞い上がって」しまう可能性もあることも付け加えておきたい。
1.価格の妥当性 2.お腹の満足度 3.ワインの設定 4.比較対象 5.まとめ
<1. 価格の妥当性>
 決して安くはない。しかし・・・。
 昼間の食事に1万円を越える金額が出せるかどうかは、個人の価値観にゆだねられている。何気なくぽんと出せる金額ではないが、毎日食べるわけでもなく、月に一回あるいは2ヶ月に一回でもこうゆう食事も悪くない。豪華な館で、ウエッジウッドのお皿に盛り付けられた料理を食べつつ、バカラのハンドメイドのグラスで飲むワイン。ギャルソン・ソムリエの行き届いたサービスと楽しい会話。金額の対象をサントリーホールでのクラシックコンサートやオペラシティでのオペラ「魔笛」と比べれば決して高い金額ではない。吉野家の牛丼と比べるから無理がでるわけで、2時間のすばらしい時の共有を考えたとき、こんな時の過ごし方はかなりイケテイルと思う。ただ食べるだけではなく、優雅な時間の過ごし方への支払いなのだから。自宅で同様の料理や食器を揃えることを考えれば、逆に安いと思えてしまう。豪華な食事は、非日常生活の堪能であり、時にはナイスな刺激になってくれると信じている。私はこういう時間の過ごし方はかなり好きだ。
 ちなみに夜の食事は接待につかえるよと某外資系金融機関のアナリストにアドバイス頂いたこともあるが、今日の情勢を見ると非常に厳しい。15,000円のコースにしてもそれに見合うワインを選ぶとやはり万単位の金額にならざるをえない。そういう金額がぽんと払えるようになるまで、かなりお預けである。一生お預けかもしれないが、まあいいやである。


<2. お腹の満足度>

 全く溜まらない。逆に腹へっていたりする。しかし・・・。 
 前菜1皿分・主菜1皿分・握りこぶしより小さいパンひとつ・ケーキ数種類・ワイングラスで3杯と食後酒・コーヒー・ミネラルウォーター(有料)・チーズ少々といった内容で正直、腹は全く満たされず、六本木界隈のファーストフードでなにか食べたくなる量だった。正直少ないと言わざるを得ないが、言ったところで意味は無かったりする。ここは空腹を満たすところではなく、素敵な時間を過ごすところだからである。腹が減っているなら、六本木駅から出てすぐのところに牛丼屋もあるし、明治屋で食材買ったほうが安くつく。実質2皿の料理からは量的な満足は得られない。目的を一歩間違えると、「高い金額とっておいて、何だあの量は」と文句のひとつも言いたくなるが、それを言ってはここに来る意味を自ら否定しているようでもある。追加で料理を頼んでもいいが、金額の上昇は怒りを更に助長しかねない。満腹感を期待するなら、何か食べてくるくらいが調度よいかもしれない。そしてこの料理の少なさこそが、賛否を分けているのだろう。ところで味わいそのものについては別の機会に紹介したい。


<3. ワインの設定>
 酒として飲むなら量は少ない。しかし・・・。
 豪華な装飾が施されたリストと見事なラインナップは、ワイン特にブルゴーニュ好きにはたまらない悦びがある。また相対的に安めの価格設定もうれしい限りだ。グラスワインのチョイスもすばらしく、昼からバカラグラスを用意されて、ソムリエの配慮も行き届いている。完璧である。
 しかし、ふと気がつくとグラスワインの量は少なめだ。ワインを飲みなれていない人なら、おそらく二口で飲み干してしまう程度の量。推定50mlから70ml程度だろう。ただ酔うための酒ならば、圧倒的に少ない。3杯頼んで200mlいかないくらいでは牛乳瓶一本分にも満たなかったりする。これでは酒飲みは辛いかもしれない。そしてその3杯が4,500円にもなっている。高いといえば高い。調子に乗ってがんがん頼むと会計で一気に酔いが冷めることになりそうだ。ビールを頼むのも一手だが、途中でトイレに行きたくなって中座するのは無礼にあたりそうで、がぶがぶ飲めない。それにビール自体も安くないだろう。ここは酒飲みには確実に辛い。ただし、ここは酒飲み場ではない。レストランだ。料理とワイン組み合わせを楽しめれば、酒の量は問題なく、ワインもまた時のすごし方のひとつと割り切れれば、きっとおいしいワインを堪能できる。
 また別の角度から見れば、ランチコースにはスープ類はない。スープがあればそんなにお酒は飲めない。スープとワインの価格差は明らかなので、敢えてリストアップしないところが、プロフェッショナルなチョイスなのだろう。なかなかいいところを押さえられている。ここらへんの汲み具合も楽しかったりする。


<4. 比較対象>
 ザ・ジョージアンクラブでの食事を比較しうるものはどこか・・・。
 グランメゾンはグランメゾン同士で比較するべきで、ほかのフレンチレストランや定食屋さんと比べてもあまり意味は無いと思う。ワインの場合も同じことがいえる。シャンベルタンとボジョレーは同じブルゴーニュ地方のワインではあるが、アペラシオンも葡萄品種も飲まれる状況も全く異なるワインである。そんなワインを同列に比べてもなにも意味は無い。(註 グランメゾンをシャンベルタンに、ボジョレーを定食屋さんに例えているわけではない)。例えば、ジョージアンクラブが比較対照されるのは、ロオジェであったり、レカンであったり、アピシウスであったり、コート・ドールであるわけで、レストラン・キノシタやラ・ベットラ・ダ・オチアイ(註)と比べても結論は出ない。それぞれの楽しみ方が違うからだ。金額だけで比べたり、料理だけで比べても、ただのうるさい客になってしまう。レストランは目的や個性の共有が大切だと思うので、OPTをわきまえて大いに楽しみたいところだ。


<5. まとめ>
 グランメゾンに期待するもの。
 夜のコースはとてもじゃないが行けないけれど、昼間なら何とか行けそうな価格設定は、グランメゾンの入り口を少しだけ開けてくれる配慮だと思う。非日常生活の楽しみ方を知っている人と楽しめれば、すばらしい大人の遊園地になりうる。ただ食べるだけでなく、ただ飲むだけでない。そんな時間と会話のお楽しみ。お金に糸目をつけても楽しめる範囲がある。だまされたと思ってぜひお試しあれである。個人的にもこれからちょいと攻めてみたい分野になった。

 割り勘負けという表現があるが、たとえば支払った分だけ食べるという満腹感はこの店には無い。お腹に入らない部分の価値観が大きいためだ。料理以外に食器・ワイン・グラス・サービス・伝統・イギリス・ギャルソン・空間・雰囲気・余裕とかゆとり・非日常生活・会話などに興味があればあるほどこの店はますます楽しくなる。私の場合はワインと経験と食事かな。正直な話、食事に量を求めるなら焼肉食べ放題のほうが満足するし、食器だけならデパートのほうがいろいろ売っている。見るだけなら無料だったりもする。この店は「食」に対する価値観が同じ人と行くと楽しいが、異なる場合は金額が高くなる分いざこざも残るかもしれない。食べ物の恨みは恐ろしいからだ。この店に対する賛否両論は「食」へのこだわりから来るものと推測できる。そして単純に「食」だけにこだわるならば、安くておいしい店は五萬とありそうだ。例えば味だけを比べるならば、早川のラナプールとは・・・・・この先は伏せておこう。とにかく「食」は難しいが、「食」に命をかけた人もいるし、これからも大いに追求してみたい。

 ザ・ジョージアンクラブは素敵な女性と行くには、これ以上の場所は無いかもしれない。当日も向こうのテーブルから彼女の誕生日を祝う唄がここまで聞こえて和やかだ。遠巻きながら彼女の目にうっすら涙が・・・。素敵な空間だ。私たちも拍手などさせてもらったりした。ビチッと決めた彼氏も誇らしげで、かっこいい。彼女がワイン好きでぐいぐい注文していないことを祈りながら、私たちは一足先にダイニングルームを後にした。


以上

註 ラ・ベットラ・ダ・オチアイ 
銀座にある日本一予約のとれないイタリア料理店。未経験のため詳細不明。ただ近日2号店も準備中らしく、いつかは行きたいお店のひとつだ。昼なら並べば食べられるらしい。ところで2号店の名はラ・ベットラ・ダ・シモオチアイという噂は本当だろうか。



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