ベルナール・デュガ・ピィ
Domaine : Bernard DUGAT-PY
ドメーヌ : ベルナール・デュガ・ピィ
本拠地 : ジュブレ・シャンベルタン村
看板ワイン : 特級シャンベルタンなど
特徴 : ブルゴーニュ筆頭トップスター
思い入れ : 筆者超お気に入りドメーヌ
ベルナール・デュガ
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はじめに
 ベルナール・デュガ・ピィ(以下デュガ・ピィ)は、ブルゴーニュを代表するトップドメーヌの一人であり、地元ブルゴーニュの生産者からもロマネ・コンティを有するDRC社と双璧と評価される実力者である。フランスの評価本「ル・クラスモン2003」では、同じく三ツ星評価のルロワやDRCをおさえて第一番目に紹介されるほどであり(abc順という説もある)、日本でも特級シャンベルタンが渋谷某店で発売されるときは、ワインブームが去った今日でも、徹夜組が出るほどの人気ぶりである。

 デュガ・ピィは原則的にドメーヌ訪問と試飲を受け付けていない。それはブルゴーニュのトップドメーヌの多くがそうであるように、ドメーヌの規模が小さく、奥さんと息子さんとによる家族経営によるため人手もなく、接客の時間が取れないからである。そして生産されるワイン自体も極めて少なく、試飲をするとワインがなくなってしまうという現実もある。また人気ドメーヌゆえに日々10数件の問い合わせの連絡があるとのことで、一律に拒否しなければワイン造りに集中できないためでもある。そんな事情があるにもかかわらず、今回幸運にもドメーヌ訪問が可能になったのは、ある特殊なルートのおかげであり、この場を借りて感謝する次第である。


ドメーヌ紹介
 当主のベルナール・デュガは1975年に初めての収穫を経験し、ドメーヌ元詰めを開始したのは1989年からである。ドメーヌの立ち上げ以前は、収穫された葡萄をネゴシアンに売っていたので、今日の躍進は1989年からということになる。1990年代に入ってからの急成長には意外な感もあるだろう。ブルゴーニュの新しいうねりの中に、そのうねりの最前線にデュガ・ピィがいるのだ。ちなみにデュガ・ピィのピィは奥さんの旧姓であり、ドメーヌ名に奥さんへの愛を感じたりもする。開墾する葡萄畑は7.26haで、化学薬品は原則未使用で、必要時にしか用いないリュット・レゾネによる栽培を実践している。畑仕事はトラクターが入らない畑も多く、まさに手作業にて行われ、早朝から夕暮れ時まで行われているという。訪問した日も午前8時のアポにもかかわらず、すでに畑での一仕事を終えていた。デュガ・ピィは葡萄の育成哲学を熟知しているため、収穫制限のために用いられるグリーンハーベストは行なう必要がなく、葡萄のパワーを100%生かす能力を持っている。手摘みによる収穫と天然酵母による伝統製法による醸造を行ない、1級以上は新樽100%にて樽熟成を実施、また「清澄」も「ろ過」もせずにSO2の使用も極力押さえ、自社内にて100%の瓶詰めしている。
 

ワインのラインナップ
ワイン (総面積7.26ha) 樹齢 面積 初出荷 特徴      (新樽比率は1級以上100%)
特級シャンベルタン VV 1930 0.06 1997 200本強 13千本/ha 畑は山際、完全手作業 2001
特級マジ・シャンベルタン VV 50 0.22 1995 マジ内の3区画から 2001 2001
特級シャルム・シャンベルタン 30 0.47 . シャルム2区画 マゾワイエール1区画 2001
ジュブレ 1級ラボサンジャーク 35 0.15 . 南南西向きの2区画 一部は50年古木 2001
ジュブレ 1級プティット・シャぺル 1955 0.24 . 12-13千本/haの密植 完全手作業
ジュブレ 1級 50 1.16 . 3区画(フォントニ・コルボー・ペリエール)
ジュブレ レ・エヴォセル 70 0.54 . 超低収穫量 97年=9hl/ha 99年=18hl/ha
ジュブレ クールドロワ VV 50-90 . . 村名格の特別キュベ 新樽60% 水平テイスティング
ジュブレ VV 30-50 . . 村名格の一般キュベ 但し古木のみ 新樽35% 1996
ヴォーヌ・ロマネ VV 1930 0.33 1999 Quartier de NuitsとVioletteの2区画から 新樽100%
ブルゴーニュ キュべ Halinard 30↓ . 1999 村名格の樹齢30年未満のランク落とし 新樽20%
ブルゴーニュ 25 1.13 . 国道74号を挟みブルゴーニュの2区画から 新樽20%
ポマール レルヴィエール 古木 0.78 2003 2003年ついにコート・ド・ボーヌ進出 7樽
ムルソー 古木 0.21 2003 初めての白ワイン。2と1/4樽
シャサーニュ1級モルジョ 60 0.24 2004 シャサーニュにも進出 白一級
特級マゾワイエール 17 0.22 2004 待望のマゾワイエール単独リリース
ジュブレ1級シャンポー 55 0.32 2004 昔、耕していた畑が復活
ジュブレ 1級プティット・シャぺル 65 0.08 2004 今のプティット・シャペルに追加
 註 
 ワイン名でジュブレとあるのはジュブレ・シャンベルタンの略
 このほかにブルゴーニュ・パストゥーグランの畑を0.21ha所有している。ジュブレの総面積は3.57ha。
 樹齢で4桁は植樹された年、2桁は平均樹齢を指す。面積の単位はha
 ジュブレ1級のうち、1996年は例外としてフォントニーの単独名でリリースされた (高品質のため)。
 法律上の最大収穫量はシャンベルタンで35hl/ha。
 ヴォーヌ・ロマネのふたつの畑は村名格ながらエシェゾーに接し、クロ・ヴージョの石垣近く。
 ブルゴーニュキュベHalinardのうち樹齢が30年を越える葡萄は、ジュブレVVに昇格する。
 コート・ドールでの植樹は10,000本/haが標準で、それ以上の密植は超濃縮ながら超低収穫量となり、かなり稀。


ワインへの思い
 まずはなんと言っても特級シャンベルタンだ。2001年ビンテージは204本しか生産されず、超貴重品ワインの代表格といっていいだろう。畑はシャンベルタンの区画にあり(クロ・ド・ベズではない)、森に接する山側のため馬もトラクターも入ることが出来ず、すべての作業を人力だけで行なっているという。彼自身の思い入れも相当強く、それが証拠にエチケットは他のものと違う特注品で、キャップシールも白。シャンベルタンを語るときの鼻息の荒さは目を見張るものがあり、ああこれぞシャンベルタンという気合も自ずと沸きあがってくる。飲み頃を聞くと10年から15年かそれ以上かなと嬉しそうに答えてくれる。

 マジ・シャンベルタンは区画内の三つの畑からなっている。シャンベルタンは難しいが、このマジならば日本でも入手可能ではある。しかしその価格は5万円を超え、ちょっと厳しさも募ったりする。そしてシャルム・シャンベルタンには特筆すべき情報がある。マゾワイエールの区画をブレンドしているのである。その面積は0.17haというからシャンベルタンの0.06haよりも多いではないか。無理をすれば一樽分何とか別キュベでリリースできそうな量ではあるが、彼はかたくなに否定した。醸造上のリスクも多く、また法律上はシャルムを名乗っていいので、特に問題はないという。しかし、それでも、一ファンとして、マゾワイエールのリリースを待ちわびたいこの頃である。

 ラボーサンジャークとプティ・シャベルの1級ワインも興味深い。両者を飲み比べられることが出来るなら、それぞれのテロワールの違いをはっきりとに確認することも出来るだろうが、なにせこのクラスでも並みの造り手の特級ワインを遥かに凌駕する価格帯にして、ますます厳しさも募る。畑名を名乗らず、ジュブレの1級としてリリースされる畑は3つあり、特級グリオットに接するフォントニー(0.09ha)と特級マジ・シャンベルタンと村の市街地との間に位置するコルボー(0.17ha)、そしてマジ・シャンベルタンとグランクリュ街道を挟んで東側に位置するペリエール(0.09ha)の畑である。ブレンドをするのは醸造上の理由からで、それぞれの区画があまりにも小さいための処置である。しかし、例外的に1996年のフォントニーの品質が長けていたために、個別名でリリースしたこともある。

 エヴォセルは行政上はジュブレ・シャンベルタンの北側で接するブロション村にあり、AOC上はジュブレ・シャンベルタンの村名格になる。畑名を敢えて表に出すのには訳がある。平均樹齢が70年と高く、明確なテロワールの実現が発揮できるからという。収穫量はきわめて低く、1999年の18hl/haは、特級シャルム・シャンベルタンの法廷最大収穫量の半分以下という凄さである。村名ながら新樽100%で熟成されるこのワインを、私は飲みたい。

 村名ジュブレ・シャンベルタンには三種類がある。ACブルゴーニュに格下げされる若木バージョンとVV(古木)とクールドロワVVの三つだ。ジュブレ・シャンベルタンの風格を守るため、ACジュブレ・シャンベルタン内の30年未満の若木は容赦なくACブルゴーニュに格下げされ、ブルゴーニュ・キュベ・アリナールとしてリリースされている。30年以上の古木に達しなければジュブレ・シャンベルタンの名が与えられないところにデュガピィのこだわりが見え隠れする。そして村名内の樹齢が30年を超えたものは、ジュブレ・シャンベルタンVVとして栄光あるジュブレ・シャンベルタンの名でリリースされ、さらに樹齢が50年を超えたものは特別キュベとして、クールドロワの名を記し、最高の村名ジュブレ・シャンベルタンとして世に出ることになる。点在する村名格の畑の樹齢に応じて三つのキュベを造るところに、品質重視かつ最大限の配慮と細心の注意、そしてなにより真心が込められているのである。

 そして1999年以降リリースされているヴォーヌ・ロマネVVにも目が離せない。畑はふたつの特級畑に隣接し、樹齢も70年を超える古木である。ジュブレ・シャンベルタンの勇者が造るヴォーヌ・ロマネがどんな味わいなのか、興味は尽きないが、肝心のワインが手元にないのである。またあっても高値なのが辛い。

 そして村名格の話と重複するが、ふたつのブルゴーニュについても両者の違いを知るとますますワインがおいしくなるだろう。キュベ・アリナールは前述の通りACジュブレ・シャンベルタンの畑から造られ、一部は国道74号線の東側にあるものの、まぎれもなく村名畑なのである。樹齢が30年経たなければ、村名として認められないとは、穏やかなデュガ・ピィの秘めた熱き思いも伝わってくるというものだ。ただし価格はよそのドメーヌの村名より高いので、市場はもっと正直かもしれない。もうひとつのノーマルなブルゴーニュは畑がブルゴーニュの区画にあり、どんなに樹齢を重ねても村名にあがることはないが、デュガ・ピィのワインを知る最も安いワインなので、まずはここからはじめるのも悪くないだろう。2001年を試飲する限りでは、波の造り手の村名は大きく超えている味わいに脅威すら感じるのである。

 
Cave de l'Aumonerie du XIe siecle 白キャップがシャンベルタン
エチケットのままの美しさ 2001年ビンテージがいっぱい

 
ひととなり

 世界でトップ評価を受けるドメーヌの当主であるにもかかわらず、ベルナール・デュガはかくも腰が低く、穏やかで、サンパティーク(親しみ深く友好的)なのだろうか。彼の対応や振る舞いをみるにつけ、私は尊敬の眼差し以外の視線を送ることが出来ない。まさに「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の境地であり、畑と葡萄とワインへの愛と努力とその心意気に感動せざるを得ないのである。彼は畑仕事を最優先として、朝早くから夜遅くまで畑に出ている。土曜日も畑にでており、日曜日ですら休養をとらず事務処理をこなすという。訪問依頼の電話をすべて断らなければならない事情を説明する彼の姿は、いとも申し訳ないといった表情ながら、その誠実さに心打たれたりもする。

 そんな彼に貴重な時間を割いてもらいセラーを見学すると、まずはその美しさに目を奪われる。間接照明をあしらったセラーは11世紀に建造されたもので今日でも現役である。建設当時の司祭施設にちなみ、彼のACブルゴーニュのキュベにHalinard アリナールという名がつけられていることからも、その愛を感じることが出来る。セラーが清潔で美しいというのはワインを知る上でも重要な要素だ。経験上、美しいセラーの持ち主のワインはすべて高レベルであるからだ。

 一通りセラーの内部を案内してもらいながら、私はある一点に釘付けとなっていた。プライベートコーナーである。アンリ・ジャイエ コシュ・デュリ ドニ・モルテ コント・ラフォンなどブルゴーニュの大銘醸家のワインが並ぶ中で、ドメーヌ・ゴビのムンタダ1998なども見つけたりする。ムンタダの話題で盛り上がりつつ、夜毎家族とともにトップドメーヌのワインを楽しんでいるという。世界の頂点に立つドメーヌは、キチリとお互いを認識し共有しているのだと思うと、トップワインを造り続ける人たちの苦労や成功の裏話を聞く思いがして、なかなかおもしろかったりもする。また今後の展開として本人曰く白ワイン造りにも着手したいというが、それはまだまだ先の話で、今のところはワイン談義のネタとして煙たがれない程度に会話の隙間に挿入するレベルに留めておくのが、いいかもしれない。

 世界の頂点に君臨するドメーヌ・ベルナール・デュガ・ピィ。穏やかな人柄にして、世界最高レベルのワインを造る男。その名声におごることなく、ただひたすらに一ヴィニュロンとしてワインを造り続ける男の今後に俄然注目していたい。ベルナール・デュガ・ビィ。ここに感動がある。

PART 2 畑仕事は、こちらから

デュガ・ピィ考

 
<補足>
 シャンベルタンの生産量は204本である。しかし通常ブルゴーニュの一樽分の量は300本分に相当するため、少しばかり中途半端な計算になる。デュガ・ピィは300本に満たないシャンベルタンのために特別に樽メーカーのTonnellerie François トネリー・フランソワ社に依頼し、それに見合った大きさの樽をオーダーメイドで作らせているという。他の樽より少しばかり小さいそれは、カーブの中でひっそりとシャンベルタンの熟成をゆっくりと見守っているのであった。


以上

 2003年4月某日等の訪問時のインタビュー等をもとに構成。
 2003/05/30 UP 
  2003/07/01補足
  2003/07/30補足
  2003/11/27補足(赤字部分)

 2004/04/27補足(青字部分)

 


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